私もあなたが大好きです
葬儀が終わって、私とアルバート様は二人でセレニア様のお墓に向かった。
そこは海が見える小高い丘にある。王族の血をひく彼女が眠るにはいささか慎ましくはあるけれど、今は見事な薔薇を始め、色とりどりの早春の花がたくさん咲いていた。
ここは元々セレニア様のお母様や、セレニア様が過ごした修道院のシスターたちが眠っている場所らしい。アルバート様たっての願いでここに埋葬されることとなった。
両手に抱えきれないほどの薔薇を抱えたアルバート様が、お墓の前に花束を置き祈りを捧げる。私も少し後ろの方でセレニア様の安らかな眠りと、アルバート様の幸せをそっと祈った。
「……君には、本当に世話になった」
長く祈り終えたアルバート様が、今までで一番晴れやかな表情でそう言った。
「いいえ。旦那様や陛下やルラヴィ様が、長い間頑張って来られたおかげです」
「しかし、私は君に救われたから」
正直言って、私はアルバート様がこんなに恩を感じてくれるようなすごいことは何もしていない。
けれどもアルバート様が私を見て救われたと言ってくれるなら、この結婚生活がアルバート様にとっても良いものになってくれたのなら、私は私でよかったなと嬉しく思う。
「……君のお父君が以前、屋敷に来てくれた際に約束したことがある」
「ああ、そういえばそのようなことを言ってましたね……」
早馬で来てくれた時、帰り際に「約束を忘れないで」といったようなことを言っていた気がする。
「どんな約束だったんですか?」
「……私と君が一緒にいても、どちらかが幸せになれないとわかった時は、離婚してほしいと」
「そうですか……」
どちらかが、というところがお父様らしいとは思う。
だけど出戻ったらちょっと悪態をついてやりたいなんて八つ当たりのようなことを思いながら、私は何かを言いたげなアルバート様の顔を見た。
「……その事を踏まえて。以前君に言いたいことがあると言った、その話をここでしてもいいだろうか」
……本当は、あんまり聞きたくないけれど。しかし彼の幸せを願って、ここは腹をくくって笑顔で祝うべきだろう。
「もちろんですよ!」
にっこり笑って頷くと、アルバート様は大きく息を吸って、口を開いた。
「わ、私は一途で不器用だと思う!」
「……? はい」
私が頭をはてなでいっぱいにしながらも頷くと、アルバート様はよし、とでも言いたげな顔で更に続けた。
「優しい……とは言えない部分もあるが。優しくあるよう生涯努力し続ける」
そう言ってアルバート様がぎこちなく懐から箱を取り出して、私に差し出した。
思わず受け取ったその箱のサイズは、どう考えても、プロポーズに使うあれの大きさで。
「だからどうか、君にそばにいてほしい」
アルバート様の指が箱の蓋を開けると、中には予想通りに指輪が入っていた。
中央に据えられた大きな宝石を取り囲むように、ぐるりとサファイアがあしらわれている。驚くことに、中央の大きな宝石は灰色だ。地味で目立たない筈のその色は、光を浴びてキラキラと反射し、目を離せないほど綺麗だった。
静かに混乱した。
「あの、これではまるで旦那様が、私にプロポーズをしているように聞こえるのですが……?」
「そ、その通りだ」
そう言うアルバート様の顔は真っ赤で、冗談のようには聞こえない。
「え、なんっ……何でですか? これは練習ですか? ルラヴィ様は? ルラヴィ様がお好きなんですよね?」
「……ルラヴィ? 何故彼女が……」
「だ、だってルラヴィ様は綺麗で、二人はお似合いで。それにこの間二人で何か本を見ながらお話していたとき、アルバート様のお顔が真っ赤だったから……!」
困惑するアルバート様に私も困惑して言い返すと、アルバート様が「聞いてたのか……!」とますます顔を赤くする。
「……あれは。宝石工房を紹介してもらっていて……」
確かにあの時、名工や宝石と言ったやりとりがあったような気がする。
「……君にプロポーズをした後の、その先の話をルラヴィがするものだから。……私の顔が赤かったとしたら、それはルラヴィではなく、君を思ってだ。私は……」
意を決したように私を見るアルバート様に、こんな時だというのに一瞬見惚れてしまった。
銀色の髪が、日差しを受けて輝いている。
整った顔立ちが太陽にも負けないほど赤くなって、熱を孕んだ青い瞳が私をまっすぐに見つめていた。
「――君が、好きだ」
掠れた声が耳に届く。
信じられないと頭では思うのに、お腹の底から勝手にこみあげる幸せが、痺れとなって指先にまで広がった。
「わ……私も、旦那様が……ですけど……」
そこまで言いかけて、なぜか泣きそうになった。
心臓がばくばくして、息も苦しい。どんどん顔が熱くなる。もはや、人に見せられる顔ではない。特に、アルバート様には。
思わず指輪を持っていない片手で顔を隠そうとすると、熱くて震えた指先がそっと私の手首を掴む。
頭の上からアルバート様の声が降ってきた。
「……隠さないでほしい」
「ちょ、ちょっと、待ってください! 今は見せられる顔では……」
「お願いだ、ヴィオラ」
アルバート様が右手で私の頬を優しく撫でる。私の唇の端をなぞる熱い指に、頭が沸騰しそうだった。
「……きれいだ」
切なそうに、愛おしげに目を細めて、アルバート様がそんなことを言う。
「私にとっては、世界で唯一君だけがきれいで、愛しい」
私の目尻に滲み始めた涙を指で拭いながら、アルバート様がそう言った。
「君がいつか離れたくなったら、絶対に手を離す。だからどうか……私の、本当の妻になってもらえないだろうか」
プロポーズで別れたときの話をするのって、どうなのかしら……。
そう思いつつも、きっとそれはアルバート様の誠意と愛情を表しているのだろう、と知っていた。
――本当は絶対手放したくないくらい、私のことを好きでいてくれるということなのかな。
もしもそうだったら、私は世界一の幸せ者だと思う。
「私も……旦那様のことが、大好きです」
私がそう言うと、アルバート様は一瞬息を呑んだあと綺麗に微笑んで、私の指に指輪を嵌めてくれた。
「……きれい、です」
「良かった」
そう微笑むアルバート様の目は、少し赤く潤んでいて。
そんな彼を祝福するみたいに、吹いた風が優しくアルバート様の髪を揺らした。
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