寝起きドッキリは良くない
春眠暁を覚えずとは言うけれど、実際世の中の大半の人が夏も秋も冬もお布団からは離れがたい。
例に漏れず、私も朝はいつだってお布団の中にいたいほうだ。二度寝や朝寝坊を三度の飯の次に愛しているけれど、珍しいことに時刻は現在午前五時。私はギンギラギンに冴えた瞳で、右手におたま、左手にお鍋を持ってアルバート様の寝室へと奇襲をかけにやってきた。
今日の作戦は、寝起きドッキリというやつである。
◇
一時間ほど前の話。
ついさっきまで本を読んでいた筈なのに、私は何故か午前四時、自室のベッドで目を覚ました。
どうやらアルバート様と並んで本を読んでいるうちに寝落ちしてしまったらしい。ふかふかのソファに日差しを浴びた上で、ブランケットまでかけたらそりゃあ寝てしまう。
それにしても寝過ぎだし、多分ハーマンあたりが運んでくれたんだと思うけれど、運ばれても起きなかった自分に軽く引く。
夕食を食べ損ねてお腹がペコペコだったので、何かこっそり頂こうか……とコソコソ厨房を覗くと、驚いたことに既にマッシュを始めとする料理人がちらほら出勤していた。
そこでマッシュの作った即席超美味賄い飯でお腹を満たしながら、反省をする。こんな時間から働いている人がいるというのに、私は度を超えるお昼寝で時間を溶かしてしまっている……。
……よし。今日から意識を高く持って生きよう!
と、心を入れ替えた私が、せっかく早起きしたこの時間を有効に使わなければ、と知恵を張り巡らせて考えたのが、このおたまとお鍋でアルバート様を叩き起こそう、という作戦だ。
寝ている時、人は誰しも無防備になる。無防備な時に大きな音を出されたら、普通人は驚くし怖いし、腹が立つ。
今までアルバート様には、美味しいとか気持ちが良いとかプラス方面で攻めてきたけれど、そろそろ趣向を変えてマイナス方面で感情呼び起こしてもいいかも! と思いついたのだ。
多分私がアルバート様より早くに起きる時など今日この時以外ないだろうし、一回くらいはやってみてもいいかもしれない。怒られたら速攻逃げよう。あとで祝おう。
というわけでアルバート様の部屋の扉を、こっそりと開けて侵入したはいいのだけれど。
眠っているアルバート様の姿を見て、いや正確には眠っているベッド周りを見て、私はちょっとだけ微妙な気持ちになった。
「気に入ってるんだ……」
ここは良かったと言うべきかしら……。
アルバート様が寝ている枕元に、私が贈ったクッションが置かれている。
久々に見たけど、改めて見ても恥ずかしい。ベッドカバーが使われていないのが不幸中の幸いだ。あれをかけてすやすや眠っているアルバート様を見たら、どう頑張っても爆笑する自信がある。
自分が贈ったことを棚にあげてそんなことを思いながら、私は打ち鳴らすべくおたまと鍋を構える。
その状態でそのクッションに見守られるように眠っているアルバート様の顔を見ると、そこはやっぱり美形すぎて一瞬見惚れてしまった。
銀色のまつ毛は長く、薄い唇は形が良い。すっと通った鼻筋や頬のラインの美しさが、俺の顔の黄金比率は百%だが? と訴えている。
多少眉根を寄せてはいるけれど、常に雰囲気だけは近寄り難いアルバート様のお顔は、いつもよりも幼く、無防備に見える。
その顔を見ているうち、私は(こんな寝起きドッキリを仕掛けて良いのだろうか……人として……)と冷静になった。
休むことも大切ですよ、と説きつつ自分の方が寝て、それから十二時間も絶たないうちに早朝五時に夫をドラム音で叩き起こす妻。矛盾がすぎる。
いやでも、ここは心を鬼にしてドッキリを……? と葛藤しているうちに、アルバート様が苦しそうなうめき声をあげた。
「……う、っ……て」
「!」
「……な……」
額に汗を滲ませ、苦悶に満ちた表情を浮かべたアルバート様に驚いて、思わずおたまと鍋を打ち鳴らしてしまった。
「……ッ!?」
けたたましい音が響き、アルバート様がバッと飛び起きた。
「…………!」
「お、おはようございます……?」
驚愕して物も言えないアルバート様に内心やっちゃった、と焦りながら、私はヘヘッと挨拶をした。
「一体何を……」
「これは、あの……うるさい音を立てたらびっくりして怖がったり怒ったりするかなあと思いまして……」
「……………………そうか」
アルバート様が心なしか脱力する。
そうかで済ませてくれるんだ……と心の中で手を合わせて拝んでいると、アルバート様が小さく口を開き、ぽつりと呟いた。
「……起こしてもらえて、助かった」
「え……」
「そろそろ目覚める時間だった。丁度いい」
そう言ってアルバート様が額に滲んだ汗を拭い、無表情に立ち上がる。
そして一瞬困ったように私を見て、言いにくそうに口を開いた。
「……着替えたいんだが」
「! 出ます!!」
私は慌てて部屋を出て、やっぱり寝起きドッキリは人としてダメだったな……と反省しながら、自分の部屋へと戻って行った。
◇
早起きをすると一日が長い。
体感的にはそろそろ夕方だというのに、お日様はまだまだ真上だ。
「つまり……まだまだ遊ぶ時間があるんですよ!」
「遊ぶ時間」
「そうです。これが終わったら、私と一緒に本気のカードゲームでもしましょう!」
私とアルバート様は庭で摘んだビオラのお花を屋敷中に飾りながら、今日今から何をするかのお話で盛り上がっていた。勿論盛り上がっているのは私だけだけど。
「敗者は今日のおやつを勝者に渡さなければなりません。ちなみに今日のおやつは、生クリームがたっぷり入ったシュークリームだそうですよ……!」
「別に、私が勝っても譲るが」
「勝負の意味がないじゃないですか! もう! ありがとうございます!」
今朝狼藉を働いた私にアルバート様は優しい。あの後勝手に部屋に入って起こしてごめんなさい、と謝ったところ、彼はさして気にした様子もなく「構わない」と素っ気なくも優しく許してくれた。実は神かもしれない。
「じゃあ最後にお花を旦那様のお部屋に飾って、私のお部屋でゲームしましょう? この間、すごく綺麗な絵のカードを買ってーー」
「アルバート様!」
珍しくハーマンが、動揺した面持ちでやってきた。
「どうした」
アルバート様も驚いた顔で問いかけると、「ヘレナ様がいらっしゃいました」とハーマンが言い、アルバート様のお顔が強張った。
ヘレナって……アルバート様のお母様のことじゃなかったっけ……。
「突然やってきてごめんなさいね」
私が驚いていると、ハーマンの後ろから気品が漂う女の人ーーアルバート様のお母様が、微笑みながらやってきた。
「こんにちは、ヴィオラさん」
明るい銀髪に、明るい青の瞳。アルバート様と似た色彩のアルバート様のお母様は、アルバート様と系統は違うけれどもとても綺麗な人だった。
慌てて礼をし挨拶をすると、アルバート様のお母様は目を細めて私を見たあと、笑顔で言った。
「ヴィオラさんのお噂は領地にまで届いていてよ。ずっとお会いしたかったけれど、こうしてようやくお会いできて、本当に嬉しいわ」
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