第7話 彼女の叫びはアニメ声で、
「止まってッ‼︎」
背後から飛んできた、特徴的な甲高い叫び声に、僕は息を呑んだ。
パチンと弾けるみたいに、目の前が明るくなる。
踊り場の電気は元の普通の白色に戻り、奇妙な気配は消え、天井に括り付けられた紐も、椅子も、最初からなかったかのように消えていた。
代わりに戻ってきたのは、梅雨の空気と、中庭や校庭から聞こえる人々の生活音。
僕は今、何をしようとしていた……?
狼狽えながら、僕が気づいたのは、自分の全身が冷や汗を流しまくっていることと、階下に誰かがいることだった。
ビクッと振り返ると、女子生徒が一人。
この学校では珍しく、知っている人だ。
それも、昨日物理的に最も接近した人物……
階下で立っていたのは、国木田さんだった。
僕を見上げながら、スマホをポポッと打ち込んでいる。
――大丈夫?
いつもの冷たい機械音声が、僕を気遣う言葉を再生する。
僕の混線し切った頭は、その言葉を処理できるほど、回復していなかった。
さっきの叫び声は、機械が発するような平坦で無個性な声色ではなかった。
階下には、国木田さんの他に誰もいない。
つまり、僕をすんでのところで止めたあの叫びは、国木田さんが自分の喉から発した、生の声なのだ……
彼女の地声は、たった一言でも分かるくらい高くて、癖の強くて、かわいらしい、いわゆるアニメ声だった。
場違いなことに、僕はその事実に少し感動していた。
果たして、この学校で他に国木田さんの生声を耳にしたことがある生徒は、いるのだろうか……
「何か見つけたかな、明衣子ちゃん」
女性の声が、国木田さんの横から聞こえた。
国木田さんが無言で僕を指し示すと、声の主が廊下からぴょこと顔を出す。
彼女も知っている人間だった。
現代文の幽崎先生。
授業を受けたことはないが、この学校の生徒なら誰でも知っている――その特徴的な服装と雰囲気のせいで。
いつも真っ黒なコートを着ていて、 一人称は『ワタクシ』。
チョークの白い粉が、黒衣の裾やズボンの腿についていること以外に、彼女が教師であると見抜ける要素はなかった。
私立だから許されているであろう人だ。
彼女は、僕が立っているのを見て、全てを察したように、
「おー。お手柄お手柄」
と国木田さんを褒めた。
そして、
「陰野くん、久しぶり。大丈夫かい?」
彼女が僕の名前を呼んだのは意外だったが、それでようやく、僕は自分がいましがた遭遇した『何か』に思い至った。
「い、今、今……あそこに……」
階段の上を指し示す。恐ろしさに振り向けない。
「あー、わかってるよ。階段上がってたら、ロープと椅子があったんでしょ」
彼女は悔しそうに指を鳴らす。
「惜しかったね! もう少しで死ねたのに」
「な……死……?」
絶句する。
「あれは恨みの集積というか、霊魂の切れ端というか。まぁ、一般的に言うところの、お化けだからね。君はそれに取り込まれて死ぬところだった」
「お、お化け……」
「明衣子ちゃんが止めてくれたんだよ。お礼を言ったほうがいいんじゃないかな?」
先生は国木田さんの肩に手を置いて言った。
「あ、ありがとうございます……」
困惑したまま、とりあえず素直に従うと、無口な相手もお辞儀を返す。
でも、僕はそのまま、階段下の二人を、怪訝な目で見ざるを得なかった。
だって……お化けって。
そんな突飛なことを、まるで当然のことのように口にする……
「あ、あ……あなたたちは、何者ですか……?」
つい、口から出てしまった、そんなドラマみたいな一言。
ここまでベタなセリフを吐くことになるなんて、今までの人生で想像だにしていなかったけれど。
彼女らは顔を見合わせると、国木田さんは顔色ひとつ変えずにスマホを打ち始めた。
――心霊現象調査部。
「し、は……心霊現象……?」
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