第24話 菊は陶器を求めて、

「ニノキンだぁーッ!」


――反対から逃げるよ!


国木田さんの指図で、僕たちは銅像とは反対側の扉に雪崩れ込み、廊下に飛び出した。


後ろを振り向くと、二宮金次郎が、ゆっくり首を曲げて、走るフォームに移行し始めている。


「追いかけてくるよ! どうしよう国木田さん! 追いかけてくる!」

――見ればわかる


「これは夢、これは夢、これは夢……」

わかが祈りを込めて振り向き、飛び上がる。

「夢でも怖い! うわぁん! なんでこっち来るんですかぁ!」


わかの声が廊下に響くと、低い呻くような声が廊下に木霊してきた。


『俺は……陰キャじゃない……!』


「怒ってるじゃない! 国木田さんがあんなこと言うから!」

僕が国木田さんに怒鳴る。


――だっ聞こえらなんておもっねなかったかや


国木田さんは全力疾走でスマホがうまく打てていない。

そろそろ廊下の端だった。


――一階へ。


国木田さんの指示で、僕たちは階段を駆け降り、一階に到着する。


――そこの部屋。


階段すぐ横の教室――旧家庭科室だ――に飛び込んだ僕たちは、間髪入れずにすぐ鍵を閉めた。


恐る恐る、窓から様子を伺う。


一階まで降りてきたニノキンが、立ち止まって僕たちを探しているのがわずかに確認できた。

僕たちを見失ったようだ。


「なにこれ⁉︎ 逃走中⁉︎」

僕は思わず口にしてしまう。


「明衣子先輩、ここに一晩隠れてましょうよ! ね?」

――いや、やめた方がいい。


国木田さんの言葉に振り返り、僕もわかも、凍りついた。


月の光が届かない部屋の隅に、女性が一人、立っていた。


紫と紅の鮮やかな小袖に身を包んでいる、昔の人。

派手な着物とは反対に、長い黒髪に隠れた顔は青ざめ、生気はない。


服装から言っても、雰囲気から言っても、姫ではないことは確かだ……


――逃げ込む場所を間違ったかもね。


幽霊の手には、皿が数枚。

情念に燃えた瞳を暗く輝かせ、彼女はその皿を数え始めた。


「いちまーい……にまーい……」

「え、お、お菊さん……⁉︎」

僕は衝撃を受ける。

「なんで⁉︎ ここ井戸じゃないよ⁉︎」

――水が出るから井戸扱いとか?

「大雑把」


「お菊さんって、九枚数えて『一枚足りなーい……』っていうアレですよね⁉︎ 最後のセリフ聞いたら死んじゃうんですよね⁉︎ 今すぐ逃げましょう!」

わかもパニくって叫ぶ。


――待って。出てもニノキンだよ。まだそこにいる。


国木田さんだけは落ち着き払っていた。


――ギリギリまで粘ろう。八枚目辺りで出ればいい。


「うぅ……危険な奴はいないなんて、全然嘘じゃないですかぁ……」

わかが今にも泣きそうになりながら呟く。


僕たちはドア前に団子になり、息を殺して、機を待った……


お菊さんは皿を繰るごとに、悲壮感を増し、狂気に染まっていく。

「ごまーい……ろくまーい……ななまーい……!」


――今!


国木田さんの合図で逃げようとする

が……


「あ、あれ……足が……」

体が信じられないほど重く、セメントで固められたように動けなかった。


――そういう感じか。


「そういう感じか、じゃないですよ! あぁ、もう死ぬんだぁ! 妖怪ポテチ女なんだぁ!」


叫びながら倒れ込んできたわかに、僕と国木田さんも巻き添えを食って潰れた。


「はちまーい……! きゅうまーい!」


お菊さんの迫真に満ちた恐ろしげな声が鼓膜に響く。


僕は覚悟した。

ごめん、母さん。

こんなしょうもない感じで先立つのを、お許しください……


「いやぁぁぁあぁああああああああああああ!」


お菊さんは血走った目をカッと見開いて叫んだ。


「……四十枚足りなぁい!」





しばらく、全員の時が止まった。


――足りなすぎじゃない?


国木田さんの冷静すぎるツッコミが家庭科室に鳴り響く。


「業者の発注ミスみたいな量だね……」

僕も同意せざるを得ない。


「ていうか、全部で四十九枚ってことですよね。縁起悪くないです?」


わかまで言い始めると、お菊さんがこちらを睨んで言った。


「言い過ぎやろ……」

「ま、まずい! キレてる!」

「皿はどこだぁ! 皿を返せぇ!」


「あっ! アタシ、お皿あります! 今出します!」


わかが僕たちの上で唐突に叫ぶと、大きなリュックから中身をポイポイと捨て始めた。


僕たちもお菊さんも、突然の動きに思わず見入ってしまう。


「……あった!」

彼女が底の方から取り出したのは、コンビニで買えるような紙皿だった。

這いつくばって、お菊の元へ捧げにいく。


「このお皿、差し上げます……! これでどうか……!」

お菊はそれを手に取り、しげしげと眺め始めた。


「……へぇ、紙でできてる」

「はい、軽くて便利ですよ……へへ」


僕たちは祈る。

なんかわかんないけど、この機転でなんとかなれ……!


お菊はゆっくり口を開いた。


「……菊のこと、安い女だと思ってる?」


――まずい、めんどくさいタイプだ。


国木田さんの言葉通り、お菊はヒステリー気味に責め立て始めた。


「どうせ菊はちゃんとしたお皿じゃなくても分からないでしょってこと? ねぇ、そう言いたいんでしょ⁉︎」

「うわぁっ! も、持ってきます! ちゃんとしたお皿!」

「……せめて陶器にして」

「分かりましたッ‼︎」


僕たちは一斉に皿探しに奔走し始めた。


幸い、ここは家庭科室で、陶器の皿はふんだんにある。お菊が望んでいるからか、体も元のように動く。


僕たちは陶器の皿を見つけてはお菊に献上し、彼女のお気に召す皿を探し続けた。

命が懸かっているから必死である。


ようやく彼女の元に四十枚集まったとき、お菊は、満足した様子で言った。


「ゆっくりしていけばいいじゃない」

「はぁぁぁ……」

三人はぐちゃっと団子みたいになって床に座り込んだ。


どうやら一命は取り留めたらしい。




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