第25話 ガールズトークは世代を超えて、
「……どうします。このままここにいます?」
わかがひそひそと呟く。
視線は、満足げなお菊さんに注がれている。
国木田さんもスマホのボリュームを絞って答えた。
――いや、ご機嫌なうちに移動しよう。包丁がある場所にもいたくない。
「いつ飛んでくるかわからないですもんね……」
僕は家庭科室の扉を透かすように見た。
移動することは賛成。だけど、また生身でニノキンに追いかけられるのも勘弁願いたい……
「何か……何かないのかな? お化けに効く、武器みたいな……」
「武器ってなぁに?」
上から降ってきた優雅な声に凍りつく。
顔を上げると、お菊が微笑みかけていた。
狂気に浸っていないときのお菊は、目を疑うほどの、美人だった。
ほつれた髪とはだけた着物から見える白い首筋に、艶かしい雰囲気を漂わせている。
「私たちみたいのなら、お塩がいいわよ。大概のお化けはお塩が苦手。成仏はしないけどね」
お菊の言葉に、僕たちは呆気に取られた。
な、なんで……?
「は、はぁ……ご丁寧にありがとうございます……」
わかが呆気に取られながら頭を下げると、
「大したことないわ、お皿をくれたお礼よ」
お菊は皿を撫でながら機嫌よく笑う。
あ〜、お皿があるからか~。お皿最高〜。絶対なくさないでくれ〜。
――塩なら、この部屋にあるはず。
国木田さんがすっくと立ち上がった。
先ほどまでの焦りは消え、もう冷静そのものだ。
――探そう。
「でも、さっき見た限りでは、ここにしかなかったです」
そう言いながら、わかは前方の調理台から、塩の小瓶を一つ取ってくる。
小瓶の量だけでは、さすがに心許ないか……
――塩水でもいけるの?
国木田さんがフランクにお菊に聞くと、お菊は困ったように頬に手をやった。
「わからないけど、濃ければ平気じゃない? あ、私で試しちゃやぁよ?」
「でも、液体だと、入れ物が必要じゃないですか?」
わかが懸念する。
「お皿じゃこぼれるし、タッパーだと使いにくそうですし……」
――ひとつだけ、考えがある。
そう答えた国木田さんの変化に、僕たちは一様に首を傾げた。
彼女はなぜか耳を赤くしている。
「考えってなに?」
僕が尋ねると、
――陰野は向こう行って、壁見てて。
国木田さんは、廊下側の壁を指差した。
「な、なんで……」
――言われた通りにしろし。
仕方なく、僕は指示された方へ向かい、壁と対峙する。
すると、国木田さんはわかを呼んで、僕から離れた場所まで移動する。
なんだっていうんだろう……
僕は手持ち無沙汰に、部屋の時計を確認した。
いつの間にか、そろそろ日を跨ごうという時間になっている。
予想よりもずっと大変なことになってきたな、なんて思っていると……
「えぇ⁉︎ 先輩⁉︎」
わかの素っ頓狂な叫びが耳を貫いた。
「なんでそんな我々心調部から最も遠いものを……まさか、緊急時ってそういう⁉︎」
なんだ、なんだ。
僕らしかいない家庭科室では、耳を澄ませるまでもなく、会話がすべて聞こえてきてしまう。
――落ち着いて。これは、万一のために……
「万一って……あの人と万一、ってことですよね? あの人以外にこれ使える人、心調部にいないですもんね! え、前から狙ってたんですか? そうなんですか?」
わかが興奮している。
――違うから。
「いやでもさすがに大人すぎるっていうか、飛び級過ぎるっていうか……我々みたいな喪女は、もう少し段階を踏んで……」
――違うって言ってるでしょ。一人で盛り上がらないで。
「やだ、なにそれ? 何する道具?」
お菊が話に参加した。
三人の前に何かがあるらしい。
「その……するときに使う……の……で……」
わかが聞き取れないほどの小声で伝えると、
「あらぁ〜! え、相手はやっぱりあの子? あの子なの?」
皿を数えていたときの悲壮感はどこへやら、お菊が明るい声で尋ねた。
まるでガールズトークだ。
深夜の旧校舎に最も似合わない単語だが……
――だから、そういうんじゃないってば!
「じゃあどういうんですか」
――だって暗いし、夜だし。もし何かあったら、ちゃんと身は守らないとでしょ。油断するなってママに言われてるし。
機械音声からでも伝わる言い訳感に、わかがため息をついた。
「だからって、こんな幽霊まみれの旧校舎でそんなシチュエーションになると思います……? なんだ、大人かと思ったら、小六女子の貞操観でしたか。逆に安心しました」
――わかだって人のこと言えないくせに。
「その通りですけど……いや、待ってください。箱であるんですか? 嘘、どういう予定だったんです⁉︎」
「キャー! やるじゃない貴女!」
お菊が喜んでいる。
――違う。これは、わかと葵の分。
「え、参戦させる気だったんですか――ッ⁉︎」
わかが叫ぶ。壁に直面してる僕でも、ドン引きしてるのがわかる。
――そうじゃないって。万々が一そういうことになったと考えたら。私部長だし、ちゃんと部員を守らないと。
「そんな部長の責任ないですよ……小六女子って言ったの訂正します。先輩は中二男子です」
――やめて。
「その発想に至ることが破廉恥よね」
――やめて。言わないで。
「クールキャラだと思ってたら、ピンクキャラなんですね」
――アンタたち、二度と口開かないで。
ほんとに一体、何の話をしてるんだ……
その後も、三人は
――本物、初めて見た。
とか
「うわ、こんな感じに膨らむんですね!」
とか楽しそうに騒ぐ。
十数分はそうしていただろうか……その間、多分、僕の存在は完全に忘れられてたと思う。
やっと許可が出て向き直ったときには、目の前の二人の服や持ちものには、特に変化は見られなかった。
国木田さんの顔が、酷く紅潮していたこと以外は……
ほんとになんだったんだろう……
――準備できた。行こう。
感情を捨てるように、彼女は先頭を切って歩き始めた。
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