第26話 のっぺらぼうは泣き濡れて、

お菊に見送られながら、三人は警戒しながら扉から顔を出す。


廊下には、ヤツはいないようだ。


ホッとしながら外に出ると、隣の階段から鈍い光が反射する。

ニノキンが、壁越しに覗いていた。


「ギィャアー!!」


全力で逃げると、彼も追いかけてくる。


ニノキンがぶつかった物は、跡形もなく粉砕された。


そりゃ、銅像が追いかけてくるのだ。

捕まったらひとたまりもない。


「武器は⁉︎ あるんでしょ!」

僕が叫ぶ。


「そうだった!」

気づいたわかがリュックから取り出したのは、妙に長細くて、先端がなぜか飛び出ている変な水風船だった。


わかが、それを力一杯投げつける。


「えい――ッ!」


それは銅像に直撃し……ポヨンと弾き返された。


割れる気配がない。


「ダメです! 薄いのにこれ、頑丈すぎます!」


――簡単に破けたら困るもんね! ハハハ!


「ねぇ! さっきから何言ってんの二人とも!」

僕が叫ぶ。


階段を上がりながら、国木田さんが提案した。


――二手に別れよう。二階と三階。


「嘘っ! 本気⁉︎」


――せーの!


三階を選んだのは自分だけ。他二人は二階の奥に消えていく。


ニノキンは迷うことなく――僕の背中を追ってきた。


「ぎゃぁーっ!」


「陰野先輩頑張って!」

階下からわかの声が聞こえてくる。


「おとりってこと⁉ ねぇこれおとりってこと⁉」


僕は、人生でも一番くらいの速さで階段を駆け上った。

日頃の運動不足が祟って、頭がクラクラする。


三階に登り、すぐそこの教室を、それが何の教室かも見ずに、駆け込んだ。

扉を閉め、息を切らしながら、全景を見渡す。


そこは、美術室だった。


有名な絵画や、カンバス、石膏で出来た胸像などが転がっている。


その静謐な空間に……


「ケテ……タスケテ……」


女の、啜り泣く声が反響していた。


「次から次へと……」


僕は恐怖に下唇を噛み、恐る恐る、声のする方を覗く。


そして、僕は……僕は……その光景の美しさに、喉が詰まってしまった。


月光に照らされた美術室の真ん中で、一人の女がペタンと座り込み、顔を覆って泣いていた。

夜闇のように漆黒な髪を床まで垂らし、その隙間から真っ白な肩を晒す姿は、まるで西洋の宗教画のよう。


外からは、ニノキンが徘徊する音が聞こえているが、そんなことはどうでもよくなった。

頭の片隅では、のっぺらぼうとかこんなノリだったよな、とは思ってはいたが、それももう、どうでもいい。


美の恐ろしい吸引力に、僕の思考は、奪われていた。

体が勝手に、彼女の傍に寄っていく。


もしかしたら、最期になるかもしれない一言を、僕は口にする……


「大丈夫ですか……?」

「ふぇ……!?」

彼女は手の中から、弾けるように顔を上げた。


僕も驚く。


のっぺらぼうではないどころか、知っている顔だった。


「柳女さん……⁉︎」

彼女は、泣き腫らした目を見開いていた。


「い、陰野くん……どうして……こんなところに……」

「いやそれ、こっちのセリフなんだけど……」


僕はホッとすると同時に、彼女の異常さに気がついた。


彼女は、上の衣服を何も身につけていなかった。


垂れ幕のごとき黒髪でほとんど隠れているが、恐らく下着すらつけていない。

下はかろうじて、学校指定のスカート。


訳がわからない……どういう状況?


が、彼女はそれに気づいていないのか、気にしていないのか、呆然と僕のことを見上げていた。


「葵は……」

話し出した途端、宝石のような涙が、ボロボロと彼女の双眸から零れ落ちる。

「友達に置いて行かれて……」


「友達……」


柳女さんは、しゃくり上げながら僕に説明を続ける。


「友達に……ヌードデッサンするから、脱げって……ヒクッ……言われて……そしたら、急に音がして……みんな逃げちゃって……服も持ってっちゃって……」


「それ、本当に友達なの……?」

彼女は、首を落とすみたいにカクンと頷いた。


「話しかけてくれるから……」

「そ、そっか……」


そういう人か……僕より人生で苦労しそうだ……


「それで……葵、多分失神してて、気づいたら外暗くて……怖くてずっと動けなかった……」

「わかった。大変だったね。とりあえず、何か着るものを探そうか」

ドキマギしながら僕は伝えた。


でないと、僕の目のやりどころがない。

さっきから、ずっと斜め前の西洋人の胸像と睨めっこしているのだ。


何か持ってないかと、バッグの中を漁ってみると、透明な雨合羽が出てきた。


これは……着た方がまずいな……


想像する前にそれをバッグの底へ戻していると、


「あれ……着れそうと思ってて……」

柳女さんが指差すのは、黒板の方にあるカンバスにかけられた、厚手の布。


「でも、あっちから音がしたから……怖くていけない」


彼女が震える指で次に指差したのは、美術準備室だった。




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