第27話 美術室には大砲があって、
キャンバスにかかっていたクリーム色の布は、確かに上半身を覆うくらいのサイズはありそうだった。
僕は準備室の方を警戒しながら、布を取って柳女さんに手渡す。
すると、彼女はその場で黙々と巻き始め――勘弁してくれ――やがて、明るい声を出した。
「できた……!」
振り返って、その完成度に驚く。
肩から胸元にかけて一枚の布の巻いただけで、まるで彼女はファッションショーのモデルだった。
布には、絵の具や、経年の汚れがついているのに、それも「そういうファッションですけど何か?」と力技で納得させられてしまう。
結局、オシャレとはスタイルなのか……
現実の残酷さに落ち込まされた僕は、おかげで一瞬、ここがどこだか忘れていたのだが、少なくともパリコレではないことを思い出させる音が、美術準備室から轟いた。
「だぁーッ‼︎ クソッ‼︎」
甲高い叫び声と、カランカラーンッ!という金属を落としたような騒音。
「ふぇぁうぇあ……ッ!」
柳女さんが言葉にならない悲鳴をあげて抱きついてきた。
布一枚越しに温もりが伝わってくるも、僕もビビってるので全然それどころじゃない。
「これでうまくいかないのか! あと少しなのに!」
扉の奥が、吠えていた。
怒っているのは明白だ。
ただ、心霊にしては言葉と感情がハキハキしすぎている……
僕は唾を飲み込み、首に引っかかっている柳女さんを引きずりながら、恐る恐る準備室のドアを開けた。
部屋のど真ん中には、大砲が一つ、あった。
僕は目を疑う。
美術室に、大砲……?
その先で、不機嫌そうに頭を掻いている人間がいる。
……少女だった。
同世代くらいの、平均身長くらいの、かわいい系の少女。
そんな子が、油まみれの重そうなオーバーオールを着て、椅子の上にあぐらで、唸っている。
ひと目見て分かった。
科学部から聞いた特徴とも合致しているし、幽霊とは――なんなら僕らとも――生命力の桁が違う。
「ひ、姫野さんですか……?」
「誰だッ!」
彼女は弾けるように顔を上げた。
黒い油のついた頬を擦る。妙にかっこいい。女子ウケが良さそうだ。
彼女は、部屋の外で固まる僕たちに、なぜか激しい憎悪の目を向けた。
「また邪魔しに来やがったな! 忌々しい幽霊ども!」
「え、ちょ、違う……!」
「ちょうどいい、こいつの実験台にしてやる! 死ね!」
大砲の後ろで何かをいじり始める。
なんだかわからないけど、多分まずい!
僕は、慌てて美術室の方へ後ずさりながら叫んだ。
「生きてる生きてる! ただの人間です!」
「……んあ? なんだ、生徒か。暗いからわかんなかったぜ」
暗いって、どっちの意味だろう。いや、気にしないことにしよう。
「俺ぁ、今集中してんのよ。用がないなら出てってくれる?」
彼女は興味なさげに、シッシッと手を払った。
だが、そうはいかない。何のためにこんなバケモノの里に来たと思ってるんだ……!
「いやその、僕たち、あなたを探しにここに来たんです……!」
「あぁん?」
「そうなんだ……」
柳女さんが呟く。そういえば説明してなかったね……
「えっと、ひ、姫野さん、数日前に旧校舎に入りましたよね? それから連絡もつかなくなったので、科学部の人たちが心配してまして! それで僕たち心調部が探しに来たって感じで……!」
僕がなけなしのコミュ力を使って、必死に説明すると、
「んあぁ? 数日ぅ〜?」
彼女は豪快に笑い始めた。
「ナハハ、何言ってんだ。数日なわけないだろ」
「え……?」
「ほら」
彼女は自分のスマホを見せてくる。
……カレンダーが、十二月になっていた。
「俺ぁ、もう六ヶ月はここにいるぞ?」
「あ、そうなんですねぇ……ハハ」
僕はもうなんか、これくらいの怪異なら、笑って受け止められるようになっていた。
なんだ、数日が六ヶ月になっただけか。
なら問題ないね(?)
「まぁその、と、とりあえずみんな心配してるので、帰りましょうか……?」
「んあー、悪いけどパス」
パ、パス……⁉︎
「あともう少しで完成すんだ、コレが」
部屋を陣取る大砲をポンポンと叩く。
「だからまだ帰れねぇのよ。あいつらにも言っといて。心配すんなって。じゃ」
一方的に言い放って、彼女は椅子に座って再び思索の世界に戻ってしまった。
呼びかけてみても、もう声も届かない。すごい集中力……
僕は仕方なく、柳女さんを連れて準備室を出た。
そして、ため息をひとつ。
「パスとかないんだわぁ……」
「あ、そうだそうだ」
ぼやいた瞬間、聞こえてたみたいなタイミングで姫野さんの頭が扉から出てきた。
「ひゃい⁉︎」
「お前ら、あんまうるさくすんじゃねぇぞ。ここの奴ら、うるさくすっとキレっから」
室内を顎で示し、もう一度バンと扉を閉めて戻っていった。
いや、あなたが一番うるさい……
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