第二章 陰キャ女子は泣き叫ぶ。
第10話 部屋には女子が三人もいて、
幽崎先生からの宿題に、僕が結論を出したのは、その三日後の金曜日。
春先に戻ったみたいに冷え込んだ日だった。
授業を得意の白昼夢でやり過ごし、ようやく辿り着いた放課後。
普段であれば、教室から最寄駅へ脇目も振らず向かうところを、今は特別棟四階左隅の教室の前に足を運んでいた。
僕は、そのドア前で、かれこれ数分、躊躇している……
目的のドアの窓にはミニカーテンが引かれ、中の様子は見えなくなっていた。
知らないお店に入ることが最高に苦手な僕にとって、この行動は勇気が必要だ。
ぜひとも諦めて踵を返したいところ……だけど、脳裏には、逐一母の顔が浮かぶ。
今の僕は、高卒資格を取るためなら、藁をも縋る心境だった。
「ごめんなさい、留年しました」
と母に報告する未来を回避できるなら。
例え怖くても、希望が薄くても、なんでもする……
勇気を出せ、直輝!
一世一代の勇気を!
うぉぉお……!
僕は、小さくドアをノックした。
コンコン……
反応がない。
さすがに小さ過ぎたかもしれないな。
もう一度、今度は大きめにノックする。
コンコン……!
……沈黙。
そもそも、この数分の間、部屋から物音ひとつしないことに思い至った。
もしかすると、誰もいないのかも知れない。
うん、きっとそうだ。
そうに違いない……!
「し、失礼しまーす……」
期待を込め、恐る恐る開けると、そこには人間が三人もいた。
「いるんじゃん……!」
僕は思わず叫んでしまった。
すると、
「ふぇゃぁッ!」
椅子に座ってスマホをいじっていた背の高い女が、僕の声に吹っ飛ばされるみたいに椅子から転がり落ち、こちらに尻を向けた。
「ひぃぃぃ……!お化けこわいお化けこわいお化けこわい……」
「葵先輩違います! ひ、人です……! 人ですよあれ!」
教室の奥で、僕を認知したぽっちゃりした子が、しかし目をぐるぐる回して叫んでいる。
「でも男子です……! エマージェンシー! エマージェンシーですよ!」
それまで物音ひとつしなかった部屋の中が、蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。
僕も人見知りなので動揺して動けないでいる。
そんな救えない陰キャ祭りの中でも、ただひとり、超然としている女子がいた。
黒板前に座る彼女は、軽くスマホを打って、
――落ち着いて。
国木田さんだった。
しかし、そんな一声にも、二人の女子生徒はビビり散らした猫のように飛び上がる。
「ひぃぃ! 声が聞こえるぅ!」
「あ、葵先輩! 今の部長です! でも男子が……! 葵! 今の部長! でも男子!」
「その、えっと……僕、何かしちゃった……?」
僕は国木田さんに助けを求めるように聞いた。
――気にしないで。耐性がないだけ。
国木田さんが軽く打ち込むと、
――で、なにか用?
その問いかけに、僕の喉はぐっと詰まった。
しかし、勇気を出さないと。
僕は、崖っぷちなんだ……!
「あの……入部しに来たんですけど……」
「入部⁉︎ ひぃぃ!」
部屋の隅で震える女子高生二人が、息を呑む。
――覚悟決めたんだ。
「う、うん……他に選択肢も、ないので……」
僕の言葉に、国木田さんは、ふーんという風に眉を上げると、スマホを打ちつつ、教室を指差した。
――とりあえず、部屋入ったら。椅子とか、後ろに寄せてあるの好きに使っていいから。
「あ、は、はい……」
僕は言われるがまま、水風呂に恐々入るみたいに、ゆっくりと敷居を跨ぐ。
すると、窓際から別の声がした。
「入部って、まさかここに……?」
ぽっちゃりさん――今はこう呼ぶ他にない――彼女は、まるで理解不能な現代絵画を前にしたような目で僕を眺めて、問いかけてくる。
「は、はい……心調部に……」
「そうですか……奇特な人ですね。頭がおかしいんでしょうか……」
「あた――」
酷い言われようだ。
しかも彼女はどうやら独り言として呟いたらしく、悪気を持っていなさそうだった。
それはそれでどうなのと思うけど……そういう子だと思うしかない。
もうひとりの背の高い女子は、未だに椅子を盾に隠れていた。
そ、そんなにビビらなくても……
何か、僕の方がビビられるに足ることをやらかしてるんじゃないかと思えてきた。
例えば、夢で見るみたいな、実はズボン履き忘れてます、みたいな……
僕がチラッと自分の下半身を確認すると、
「ふぇっ……!」
と、再び悲鳴が聞こえてきた。
もう、動くだけで怖がられている。
防ぎようはなさそうだ。
ちなみにズボンは履いていた。
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