第9話 彼女の耳は赤くって、


「い……⁉︎ う、うちの部って、その心霊現象なんとか……」

「そう」

「遠慮します」

僕は反射的に断っていた。


「えー! そんなこと言わないでよぉ!」

先生がまた上がってくるので、僕もまた仰反る。

なんだよこの人、ちょっと怖いよ……


「頼むー! うち、みんな怖がって全然人入ってくれないんだよぉ……」

「でも僕、幽霊とかホラーとかそういうの苦手なんで……」

「大丈夫、経験豊富な先輩が優しく教えてくれるから」

――そんな先輩はいません。

「チッ……」


舌打ちしたよ、教師が……


「でも、公益に大いに資する仕事なんだよぉ? それに君はすごい才能の持ち主だ。幽霊に負けず劣らずの陰気さなんて見たことない!」

「褒められてる気がしないんですけど……」

「お願い! 入ろう!」


先生はもはや、僕の手を両手で包んでいた。

恐怖で冷たくなっていた僕の体が、人肌で温まっていく。


助けてくれた恩を、感じないわけではなかった。

確かに、あのままでいれば死んでいたと、本能が告げている。


でも……それとは別のハードルが、僕を引き留めていた。

部活、集団生活。

場合によってはお化けより恐ろしい、その輪の中に加わるなんて……


「すいません……でも僕、部活とかダメっていうか……ひ、人付き合いが苦手で、精神的に厳しくって、無理です……すいません……」


目を逸らしてぶつぶつと言い訳する僕を、彼女はじっと眺めていたが、やがてニッコリと笑って言った。


「ところで陰野くん、出席日数足りなくて崖っぷちなんだって?」


僕は思わず、目の前の笑顔をまともに見てしまった。


嘘だろ、この人……

まさか、出席日数を持ち出そうっていうのか。


教師のやることじゃない……


「部活動で実績を出せば、出席も少しならなんとかなるかもしれないなぁ」

先生はもう見るからにわざとらしく、嘯き始めた。

「もしかしたら、ワタクシが教師としてお手伝いしてあげられるかもなぁ……?」

さらに距離を詰めてくる。

先生の底知れない黒い瞳の奥に、狼狽する僕が映っている。

「まぁ、ちゃんと毎日通えるなら、いらないだろうけど……?」


誰だ、こいつを教師にした奴。

任命責任があるぞ。


「……か、考えさせてください」

これが最大限の譲歩だった。


一蹴するには、恩とリスク、そして、リターンが重すぎる。

一度、落ち着いたところで考えたかった。


こんな、死にかけた場所では、冷静な判断は下せそうにない……


僕の困惑する姿に納得したのか、先生は手を離れてくれた。


「わかった。入ってくれると嬉しいよ、初の男子部員だし。ねー、部長?」

――別に。

国木田さんは興味ないのを体現するようにこちらも見ずに言ったが、彼女の耳が赤くなっていることに気付いた。


なんだろう。

幽崎先生の行動が積極的すぎるせいだろうか。


「じゃあ、決まったら、特別棟四階の端っこの教室に来てね。誰かしらはいるから」

先生は手を振ると、国木田さんを連れて廊下を去っていった。


ちょうど、時刻を告げるチャイムが鳴る。


あれよと言う間に、とんでもないことが起き、とんでもないことを話したような気する。


夢でも見てたようだ……


階段の上で、呆然と残された僕は、散らばったプリントを拾い集め、さっさと恐怖の階段を降り始めた。


これは、明日の朝出そう……



― 第一章 陰キャ男子は留年する。 おわり —



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