第11話 陰キャはトークができなくて、

招き入れられた教室で、硬い木の椅子に座った僕は、周りを見渡した。


空き教室を部室としているらしい。


後ろに寄せられた沢山の机と椅子。

外から聞こえてくる学生たちの声。

どこかから聞こえる、小さな雑音。

そして、誰も話し出さない、部室……


席についたら、何らかの説明があるものと思っていたのだが、彼女たちは、僕が来る前までしていたことにそれぞれ戻ってしまった。


ぽっちゃりさんは窓際で漫画――表紙では上裸の男二人が見つめ合っている――を読み出し、のっぽ女子は教室後方でスマホいじり。国木田さんは黒板の前で本を静かに捲っていた。


どうも、そこが全員の定位置らしい。

僕も、全員から距離を取れる、廊下側に座を構えている。

陰キャスクエアの完成である。


静寂に、六月のしまりのない雨音が広がる。


花の女子高生たちの集まり――

誰か喋ってもよさそうなものなのに、この部屋を占めていたのは、いつかの下品に笑うギャルたちとは真逆の空気で……

それは部室というよりは、バイトの控え室のようだった。


僕は、ほぼ面識のない女子三人の中に無言で放り込まれたまま――いやまぁ、自分から飛び込んだんだけど――お願いだから、何かアクションしてはもらえないかと、合格者発表ボードの前で祈るような気持ちだった。

例えば「お名前はなんですか?」みたいな、そんな些細なトークでいい。


……というか、僕が話し出すべきだった。

名前を聞く、というのはとてつもなく大事であるからして、僕がアクションすべきというのは正論だ。


初対面の機会を逃すと、愛想笑いをしながら、


「こいつ、名前なんだ……」


と半年くらい思い続ける羽目になり、とあるタイミングで、


「ところで、お名前は……」


と切り出してドン引かれるんだから……実体験だ。


だから、マジで名前は聞けるうちに聞いておいた方がいい。


しかし、実際問題として、陰キャのコミュ力は消耗品でもあって……

学校に朝から登校し、あまつさえ見知らぬ部活の門戸を叩いた時点で、僕の精神力は底をついていた。


これ以上の積極的行動はできない……

心が帰りたがっているんだ……


というわけで、椅子にぽつねんと座りながら、僕が勝手に疲弊していると、


「あの……」

ぽっちゃりした彼女が、窓際から僕を上目遣いで見ていた。

「お名前教えてもらってもいいです? すいません……へへ」


……感動、である。


気を効かせてくれたのか、誰が見ても慣れていなさそうな笑みを浮かべて、話を振ってきている。

勇気の行動だ。

僕は、ヘラヘラ笑う彼女を尊敬し、心中ではスタンディングオベーションで頷きながら拍手喝采。


「あ、陰野直輝です……」

僕の蚊の鳴くような自己紹介に、他の女子二人も顔を上げた。


空気が変わった。


「あたし、春和かなです。一年です。はるわ、までが苗字ですけど、みんなからは、わか、とか、わかなって呼ばれます。なんでも大丈夫です。よろしくお願いします……へへ」

ぽっちゃりの彼女、春和かなは、下手くそな愛想笑いでそう名乗った。


恐らく、彼女はこの部室の太陽なのだろう。そう直感した。

愛嬌があって明るく、周りをよく配慮する。

自己紹介であだ名を言うやつは大概コミュニケーション強者だ。いやまぁ、最底辺に比べれば、だけど。


一年という言葉通り、彼女の靴には、学年カラーの緑のラインが入っていた。

流れで、他メンツの足元を見ると、残りの二人は、僕と同じ赤――つまり二年生だ。

春和かなさんだけが年下ということになる。


残った先輩二人が、無言で視線を交わす。

押し付けあっているのがわかる。情けない……


国木田さんに顎で促され、もう一人――背の高い女子が、黒い滝のような髪の下から、消え入るような声で呟いた。


「柳女葵です……」


彼女は僕ではなく、床に自己紹介していた。


最後に、無機質な機械音声が教室に流れる。


――一応。国木田明衣子。


「あ、よ、よろしくお願いします……えとその……国木田さんて、部活入ってたんだね、意外……」

――二月からだから。そんなに変わらない。

「そ、そっか……」


僕が返事をし、そして恐ろしいことに、再び、無の時間が訪れた……


なんで……!


助けを求めようと春和さんに視線を飛ばすも、彼女は、


「ふう、一仕事終えましたね……!」


とばかりに、漫画の世界に帰ろうとしている。


薄々わかってはいたことだが、この部活、陰キャしかいない……!

そして僕も陰キャ男子なので、こういう時は固まるしかない。


教室は、沈黙に包まれた……




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