第12話 呪いのドリルが怖くって、

コツコツコツ――

時間は刻々と過ぎる。


教室の時計の三本の針が、飽きることもなく追いかけっこしているのを、僕は飽き飽きしながら凝視し続ける。


心調部の女子三人は、静寂の中、ただひたすら、各自の世界に専念していた。


まるで、必要最小限の動きで、互いの存在を認知していないかのように……

まるで、現実を見ないようにするかのように……


彼女たちのような暇つぶしを何も持ってこなかった僕は、じっと時間が過ぎるのを待ちながら、チラッと横目に彼女たちを観察し始めた。


ゆるく太い三つ編みの春和さん。

上半身をまるっと隠してしまうほど長髪の柳女さん。

ウェーブがかかった栗毛の、我らが国木田さん。


彼女たちは、外見こそてんでバラバラなのに、共通箇所が多かった。


まず、大なり小なり猫背である。

全員色白ではあるが、日光に浴びてないせいか、不健康そうだ。


そして、なにより似ていたのは、その隠しきれない陰気さだった。

もう陰気がむんむんに部屋中に漂っている。


この部屋が廊下より寒いように感じるのは、気のせいだろうか……


三人とも、陰キャオーラが邪魔なだけで、別に見た目はそんなに悪くなかった。

陰キャオーラさえなければ、モテないわけじゃないと思う。


逆に言えば、それが致命的ってわけ。


――何?


国木田さんが、僕に鋭い視線を飛ばしていた。


「い、いや別に……!」


さて、このままJKを眺めていては、普通に不審者だ。

僕は息を吸い、時計の針を見つめる仕事に戻る。


そのとき、


ガンガンガンガンガンガンガンガンガン――ッ!


なんの前触れもなく、轟音が部屋中に響き始めた。

鉄パイプで強打したみたいな金属音だ。


何⁉︎ なんて僕が驚く前に、


「ふぇぇ――っ!」


視界の左隅で、柳女さんが長い髪を振り乱し、あっという間に椅子の下に潜り込んだ。


避難訓練だとしたら感心するスピードだ。

けど、頭隠して尻隠さずのままに、彼女のガクガク震える体はほとんど外に余っている。


僕は上を見る。

音は天井から降っていた。


でも、まさか……そんなはずは……


「う、上の人がなにかやってるんですかね?」

僕が引き攣った笑みで頭上を指すと、


「ここは最上階です……」

春和さんが絶望した顔で答えた。


そう、わかっている。

特別棟は四階までしかない。

そして、屋上から叩いているにしては、音が間近すぎた。


まるで、俺はここにいるぞ、知らないままではいさせないぞ、と主張するかのように……

音は鳴り続け、不意に止まった。


心霊現象……


天井を気味悪く眺めていると、入室時からずっと聞こえていた、小さく硬質な音が、妙に気になり始めた。


コツコツコツ――


どこかの機械の動く音かと思っていたが……この音は、聞き覚えがある。


恐る恐る、音のする方向――黒板の左隅を視界に入れると、チョークがひとりでに浮き、黒板に羽虫のように小さな文字を書きまくっていた。

いわゆる、ポルターガイストってやつだ。


書かれた文字に、目を凝らせば……


『死』


『凶』


『苦』


『血』


もし、呪いの漢字ドリルという商品があれば、こんなレパートリーだろう。

そんな不吉な漢字たちが、病的なまでに細々と、隅を埋めつくしていた。


一度大きな染みに気がつくと細かい汚れも目につくもので……

僕は、部室のあちこちに違和感が潜んでいるのを、理解する。


例えば、棚の上の手作りっぽい人形。

こちらを見下ろして微笑んでいるが、首が一八◯度ひっくり返っている。


六月の湿気のせいにしては、妙に曇っているなぁなんて思っていた窓ガラスには、よく見ると上から下までびっしり手跡がついていた。


そして、恐ろしくも妙に惹きつけられる、まとわりつくような熱視線……

どこから感じるのかと首を振ると、教室後方からだった。


寄せられた机。その下の暗闇。


そこに『何か』いる……


暗がりになったその奥を、体を曲げて覗こうとすると……


「それはダメですッ!」


突然の春和さんの大声に、僕は飛び上がった。

振り返ると、彼女が申し訳なさそうに白い手を合わせている。


「それだけは、その、無視した方がいいです。全員そうしてますから……」

「あ、はい……」

冷や汗をかきながら、僕は『それ』から無理やり目を背けた。


なんだ、この部室は……


なんだ、この部活は……


「な、なんで皆さん、こんな場所にいるんですか……?」


当然の疑問。

僕にはこんな危険な場所にいる理由がわからない。


「やっぱり心霊現象調査部だし、そういうのが好きとか……」

「そんなトチ狂ってる訳ないじゃないですか! 好きでいるわけじゃありません!」

春和さんが食ってかかるように否定する。


「じゃ、じゃあなんで……」

――ついてきちゃうんだよね、どこ行っても。

国木田さんがスマホに話させてから、平気な顔で肩をすくめた。


「ついてくるって……」

困惑する僕に、春和さんが悲しげに補足する。

「先生曰く、幽霊は陰気な場所に集まるらしくて、この部はその、学校の中でもハイレベルな陰キャが集まってるから……いえ、自画自賛ではないんですけど……」


自虐の間違いでは?


「だから、原因はアタシたちそのもの……部室を変えても無駄なんです……うわぁん……」


そう言って、彼女はぐすぐす泣き出す。

すると、それに色めきだったかのように、天井の金属音が再びやかましくなり、人形の首はグルグル回り、チョークが黒板に書く文字は『鬱』『殺』『憤』など画数が爆増し始めた。


心なしか、室温まで下がった気がする。

いや、気のせいじゃない。

この部屋の寒さは、季節に反している……


寒気に腕を抱えながら圧倒されていると、国木田さんがスマホをトトトッと打ち込んだ。

――でも、安心して。いつもはここまでじゃないから。


「えっ?」


――こんなにうるさいのは、多分君が来たから。歓迎されてるね。


そのときの僕の顔は、きっと古漬けの梅干しみたいだったはずだ。


これほど嬉しくない歓迎は、後にも先にもないだろうな……




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