第3話 国木田さんには鉄則があって、

なんだと思って見下ろすと、ひとりの背の低い女子生徒が、僕の前で軽く仰け反っていた。


どうやら頭から僕にぶつかったようだ。そのことに数瞬遅れて気づく。


後退りする拍子に、彼女の柔らかくカールした髪はふわふわと揺れ、シャンプーの甘い匂いが梅雨の冷えた湿気に紛れて、僕の鼻腔をくすぐった。


伸ばしっぱなしの長い前髪の先で、彼女のリスのような丸い瞳が当惑していた。


その目は大きく、暗い場所で光る宝石のような、怪しげな魅力を放っている。


僕は彼女を知っていた。


彼女も僕を知っているはずだ。

恐らく……自意識過剰でなければ……


僕たちは去年のクラスメートだった。

なんなら、隣の席になったこともある。

なら、なんでこんなに他人行儀なのかと言えば、僕も彼女も、不登校気味の問題児だったからだ。


彼女の視線は鋭く、愛想もなく、常に仏頂面。

休み時間は本ばかり読んで、冷たく近寄りがたいオーラを放ち続ける。


その印象を剥がして観察すれば、実はかなり整った小動物系の顔立ちをしていたのだけど、人付き合いもしないため、そのことに気づく人自体あまりいなかった。


それでも、彼女はクラスどころか、学内レベルの有名人だった。

なぜなら……


「す、すいません……」


僕は陰気に謝るが、言葉は返ってこない。

代わりに、向こうも陰気に頭を下げる。


「国木田さん、大丈夫?」

と、彼女の隣で、どこかのクラスか忘れたけれど、どこかの担任の若い女性教員が心配していた。


すると彼女はそれにさえ答えず、手に握っていたスマホを無言でいじり出した。

その間、ほんの一秒。


すると、その端末内蔵の機械音声が


――大丈夫です。

と、彼女の代わりに流暢に返事をした。


……自分の口で話さないのだ、彼女は。


それは入学初日から続く彼女、国木田明衣子の鉄則だった。


春もうららかな一年の一学期。

当たり前のようにグループを形成し始めた女子たちに、どうして喋らないの?と聞かれた際の回答を謝絶したのが全ての始まりだった。


友達も作らず、行事にも参加せず、すぐに帰る。よく欠席する。

徹底して自分の口を開かず、代わりにスマホから出力する音声ですべての会話を済ませる。


見た目の良さに釣られて寄ってきた男たちも、こいつは訳ありだと悟るや、すぐに解散した。


高校生にもなったし、それなりの偏差値の私立でもあるので、露骨にいじめられるということはない。

ただ、それっきりクラスから腫れ物のように扱われたのは当然の帰結だった。


正直、クラスや学校に馴染めずに浮いていたのは僕も同じなので、人のことは言えない。

けれど、彼女の場合は、なりゆきの僕とは違って、最初から拒絶、と言った様子だった。


そんな沈黙行を続けて、早一年。


教師も生徒も、今更彼女の会話方法にどうこう言うことはない。

自分のルールに、世間の方を順応させてしまったのだ。

見上げた根性である。


そんな鉄の女、国木田さんは、担任の先生と共に僕の前を通り過ぎ、階下へ降りていった。


同じような用件かな……


不登校仲間という謎の関係によって、僕はなんとなくその事情を察した。いや、そう思いたかっただけかも。


梅雨空より陰気な雲を胸に、僕はひとり、昇降口へと歩みを進めた。




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