第29話 朝のポテチはおいしくて、

夜の校舎に、リノリウムの廊下を駆ける音が響く……


あれから、この階段を昇り降りし、廊下を往復すること、十数回。

足はとっくに限界を迎えていた。今走れているのは火事場の馬鹿力でしかない。


――とにかく、あいつらの視界から一回消え


機械音声は、そこで途切れた。


振り向くと、国木田さんが躓いて、無様に転けていた。


そのとき――どうしてだろう、多分、初めて親近感を持ってしまった相手への、共感だったのかな。


「二人とも先行ってて……!」


僕は無意識にそう叫んで、国木田さんの元へ走り込んでいた。


見捨てられるわけがない。

彼女の傍へ滑り込み、国木田さんを脇から抱える。


が、すぐ後ろには、二宮金次郎怒りの鉄槌がみるみる近づき、僕たちの上に降ろうとしていた。


到底、間に合わない。


僕は目を瞑る。


今日は何回、死を覚悟しただろう。

でも、もう、本当にここまで……


「どきなっ!」


甲高い声が、廊下の奥から響いた。

そして、間髪入れず、ジュッと何かが焼ける音。


なんだ……?


とにかく、死んではいなさそうだ。


薄らと目を開けると、真上には、拳を振りかぶったままのニノキンが、背後を振り返って怯えていた。

他の霊たちも同じだ。


彼らが眺めている旧校舎の白壁には、丸く焼け焦げた跡が湯気を立てていた。


「先輩たち! 早く! 早く!」


わかと柳女さんが、廊下の奥で手招きしている。

国木田さんを連れて近づいていくと、二人の間に、見覚えのある砲口がキラリと光っていた。


「だからうるさくすんなって忠告したろ」


大砲の奥、廊下の隅で、オーバーオールの女子生徒が、ニヒルに笑っていた。


「お前らが来て、ちょっと刺激になったわ。最後のピースがやっと埋まった。ま、それでも半月かかったけどな」


ガッチャンガッチャンと砲台側の何かを弄りながら、


「さーて、次は最大出力だ。おい幽霊ども! そこに棒立ちでいいのか? 消し飛ぶぜ?」


姫野さんの言葉で、悪霊たちはハンズアップし、やれやれという風に背を向けて帰り始めた。


「ハッハァ! 見ろよ、散々邪魔してくれたアイツらが言うこと聞くぞ! 気持ちいいなぁおい!」


そして、髑髏マークのスイッチをぶっ叩いて叫んだ。


「強制成仏ビーム、発射ッ!」


……その光景は、なんと表現すればいいのだろう。


幾本もの青白い光の束が廊下を埋め……


強大なエネルギーが、道中の窓ガラスをすべて割っていく……


廊下の隅で風圧に耐えながら目撃したその光線は、泣けるくらい眩かった。



  ◆ ◇   ◆ ◇   ◆ ◇ 



夏草や バケモノどもが 夢の跡――


先ほどまで僕たちを追っていた人工物たちが、丸焦げになって転がっていた。

死んだという言い方がふさわしいかわからないが、もう動かないようだ。


「ヌァッハッハァ! 見たか、これが科学の力だ!」

科学部の姫が勝利の雄叫びを上げる。

「幽霊には科学! バケモノには物理ビーム! そういうことなんだよなぁ!」


ホッとして、僕たちはへたり込んだ。

悪夢のようだった夜も、ようやく蹴りがついたらしい。


もう二度と……幽霊なんか見たくない……


「あらー、すごいじゃなぁい」

聞き覚えのある声にギクリとして振り向くと、お菊がぷかぷかと浮いていた。


「んあ? おいおい、飛んで火に入る夏の虫だなぁ」

「やだ、悪いことしないから堪忍しておくれ」

姫の凄みを彼女はあっさり笑って受け流すと、今やただの無機物に戻った銅像や模型の上をしげしげと眺めて、


「ここもようやく静かになるわねぇ、ありがたいわぁ。こんなにやっちゃうと、均衡が崩れそうだけど……」

「均衡……?」

僕が聞き返すが、返答はない。


「ふぇ……一件落着……? もう帰れる……?」

柳女さんが、わかの影から顔を出した。

誰よりも走っていないのに、誰よりも疲弊している。


――うん。帰ろう。


国木田さんの一言で、僕たちは幽霊の死体を跨ぎ越し、出入り口に向かう。


ドアを押すと、まるで今までも開いてましたよという風に、呆気なく開いた。


東の空から差し込む光線に、目が眩む。

今の今まで気づかなかったが、既に地平線は夜明けを迎えつつあった。


「こんなに時間が経ってたんですねぇ」


わかが感慨深げに息を吐く。


――いやおかしい。さすがにそんな時間は経ってないはず。


「もういいよ。考えるのはやめよう。とにかくよかった、無事に出れて……」


そのとき、


ぐぅ――


小さな音が鳴って、柳女さんが急いでお腹を押さえた。

確かに、彼女は夕飯も食べていないはずだ。


「あ、ポテチありますよポテチ!」


わかが膨らんだリュックを開いて言った。


「みんなで食べましょう! 打ち上げです!」


ボロボロの体をひきづった僕たちは、校庭の石段に座って、お菓子を食べる。

朝日を見ながら食べるポテトチップスは異様に美味しくて、感動してしまった。


時刻は朝の四時。


誰からともなくそこで寝息を立て始めた僕たちは、そのままホームルーム前のチャイムに起こされるまで、誰も目を覚さなかった。



― 第三章 陰キャたちは駆けまわる。 おわり —



🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸


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 第四章は、ちょっとラブ展開です! やったね!

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