最終話 淡い気持ちは機械に隠して。

学校――


その単語は、今の僕を一番刺激する言葉だった。


明るくなった部屋に対するように、卑屈さが石油みたいに心に噴出する。


「それは、もう必要はないよ。今から行っても欠席扱いだし、それで留年決定だから。あ、そしたら、国木田さんは先輩だね。これから国木田先輩って呼ばなきゃ。でもそもそも中退だから、関係ないか。ハハ……ハハハハ……」


こんなときにばかり滑らかに動く我が口に嫌になりながらも、自分を下げ続けるのを止めることができない。


一息入れて、再び自分を貶めようとしていると、突然、国木田さんは僕の手首を掴んだ。

そして、小柄な体躯を伸ばして、僕を無理やり立たせてしまう。


驚く僕に、彼女は平然と言い放った。


「時間がない。着替えて」

「え、いやでも、今言った通りで、僕はもう……」

「やらなきゃ、私が着替えさせるけど」


彼女の予想外の脅し方に、僕は思わずその整った顔をまじまじと眺めてしまった。


彼女も、僕の胸くらいの位置から、気丈に見つめ返してくる。


耳こそ赤くしていたが、目はマジだった。

あ、本当にやる気だ……


「……じ、自分で着替えます」

おずおず答えると、彼女はクルッと背を向けて、居間に戻っていった。


選択の余地はないようだ。


こんなの意味ないのに、と思いながら、僕はハンガーにかかった制服を手に取った。

国木田さんは、僕の出席事情がわかってないんだろうな……


着替えの最中、

「終わった?」

と何度も外から声がした。


どうやら焦っているらしい。


癖のある声にせっつかれるように、制服に着替え、部屋を出る。

国木田さんは僕の出来にひとつ、うん、と頷くと、


「行こう、学校。一緒に」


と言って、再び僕の手首をとった。


まるで、逃がさないぞとでもいうように……



  ◆ ◇   ◆ ◇   ◆ ◇ 



通学路を歩きながら、僕は俯いていた。


確かに、隙があれば逃げ出したいとは思ってた。

だから、逃がさないために物理的に捕まえておくっていうのは、結構正しい行為だとは思う。


でもまさか、家を出てから、電車、通学路と、ずっと手を引かれるとは思っていなかった……


お陰で、今、僕の顔は真っ赤である。

そんなに信用ないだろうか……


幸い、電車は空いていたし、放課後の時間帯にしては、通学路に不思議なくらい学生がいなかったけれど、普段であったら注目の的である。


いつかウーバーがたむろした正門前を通過すると、国木田さんは、僕を普通棟の昇降口ではなく、体育館方向へとまっすぐ引っ張っていった。


理由を聞く間もなく、ズンズンと歩みを進めた彼女は、体育館の入口前で、ようやく彼女は僕の手を解放する。


「あの、国木田さん? なんで体育館なんか……」


僕の問いには答えず、彼女は、分厚い鉄の扉を体全体を使って押し開く。


扉の開く音と共に、視界が広がっていく――


目の前に展開された光景に、僕は思わず固まってしまった。


体育館の中には、たくさんの生徒たちが集まっていた。

おそらく、ほぼ全校生徒だ。

まるで卒業式のように椅子を並べて座っている。


不可解だった。

放課後のはずのこの時間に、式典があるはずもない……


扉の開いた音で振り返った生徒たちは、僕と国木田さんの姿に気づくと、一斉にざわつき始めた。

すると、波が伝播していくみたいに、ざわめきが大きく、体育館中に広がっていく。

次第に、口笛や歓声が届いたりしてきて、大騒ぎになり始めた。


「な、なにこれ……⁉」


困惑する僕を置いて、国木田さんはローファーを脱ぎ捨て、ど真ん中の花道を突き進んでいく。

慌ててその後についていくと、生徒たちの歓声が、まるでアーチみたいに僕たちの頭上を飛んだ。


恥ずかしくて、顔が上げられない……

上目に国木田さんの背中を追う。


早く適当な列に入ってくれと思う僕の願いもむなしく、彼女はなかなか足を止めてくれず、ようやく停止した場所は、なんと最前列だった。


そこには、わかと柳女さん、そして、姫野さんと科学部の面々が座っていた。

科学部の人たちはなんとも誇らしげにしていたが、わかと柳女さんは今にも吐きそうな顔をしていた。多分僕も同じ表情をしていると思う。


状況が呑み込めないまま、国木田さんにグイグイと背を押され、僕は席についた。


「え〜、ちょうど役者も揃ったようですね」

壇上を見上げると、その先には校長先生が立っていた。

「では早速、始めましょうか。まずは心霊現象調査部のみなさんから」

そうマイクに告げると、チョイチョイと、僕たちを手招きする。


立ち上がる仲間たちにつられ、僕もオドオドと席を立つ。

列は、国木田さんを先頭に、壇上に登り始めた。

体育館の壇上なんて、掃除以外では上ったことがない。


全員が演台の前に横一列に並ぶと、校長が取り上げたのは、賞状だった。


「表彰状。国木田明衣子殿。あなたは学校の危機に際し、献身的な行動により、生徒教員の人命を守りました。その勇気と功績を讃え、ここに表彰します」


国木田さんが一歩前に進み、賞状を受け取る。


ここまで来たら、さすがの僕でももうわかった。

これは、昨日の功労を讃える会なのだ。


信じられなかった。


こんな、小さな部活のための表彰で、しかも放課後にも関わらず、全校生徒が集まってくれているのだ。


ただ、僕たちを褒めるために……


慣れない注目を浴び、ぎこちなく賞状を受け取っていく女性陣の後で、ついに僕の名前が呼ばれた。


「陰野直輝くん。以下同文です」


校長の言葉を聞き、機械みたいに硬くなりながら賞状を受け取る。

ただ、僕はそのまま、元の位置まで下がらなかった。

どうしても、聞いておきたいことがある……

僕は、校長に向けて小声で尋ねた。


「あの、僕、今日欠席しちゃったんですけど……その、出席って……」

「ん?」


校長は一瞬聞き返したあと、軽く笑って言った。


「あぁ! それはあれだよ、君。部活動の大会参加と同じ扱い」

「つ、つまり……?」

「出席扱い」

そう言うと、校長はひっそり耳打ちした。

「幽崎先生にお願いされたからね」


僕が教師列に座っている黒づくめの顧問を振り返ると、彼女は手を振って答えてみせた。


僕はようやく一歩下がる。


国木田さんを合図に、全員でお辞儀をする。


仲間たちの存在を横に、生徒たちの拍手を背中に感じながら、僕は嬉しくなって顔を上げた。


変で、陰気で、怖いことだらけの心調部だけど。

この部活のおかげで、初めて学校が楽しいと思えていた。



  ◆ ◇   ◆ ◇   ◆ ◇ 



その後の式典は、科学部への賞状授与ですぐに終わって。

体育館の戸口から流れ出ていく生徒たちに紛れて、僕たちも外に出た。


ここに来るまで、ずっと下を向いていて気にする余地もなかったけど、空からはずっと、夏の明るい日差しが降り注いでいた。


それはまるで、僕たちの未来を暗示しているかのよう、なんて、浮かれ過ぎだろうか。


人生最高の瞬間に、僕はふと、昨日のゴタゴタで聞きそびれていたひとつの謎を思い出していた。

確か、話が途中だったはずだ。


僕はまったくなんの気もなく、国木田さんに尋ねていた。


「そういえば、昨日、国木田さんが話そうとしてた『もうひとつ』って、なんの話だったの……?」


すると、国木田さんは、はたと足を止めた。


黒い宝石のような瞳を信じられないというように大きくして、僕を凝視してくる。


わかと柳女さんが、不思議そうに僕ら二人を見比べる中、彼女は素早くスマホを取り出すと、タタッと打ち込んだ。


久しぶりに聞く機械音声が、顔を真っ赤にした国木田さんの代わりに、短く答えた。


――秘密。




 ~~~ THE END ~~~



🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸



 完結までお読みくださり、ありがとうございました!!


 もし、少しでも良かったなと思っていただけましたら、

 ページ下の☆☆☆から作品の★レビューよろしくお願いします。

 ★の数はひとつでも最高に嬉しいので、率直な評価でどうぞ!


 また、応援の気持ちでレビューコメントを一行でも残していただけたら、とっっっても嬉しいです。


 次作を更新はじめました!

 声だけを手がかりに犯人を追う、ファンタジー警察ものです!

 https://kakuyomu.jp/works/16817330663022969325

『サウンドハウンド〜空飛ぶホテルと政治家誘拐事件、または犬の耳を持つ元囚人少女〜』

 こちらも応援いただけたら嬉しいです……!


 最後までお付き合いいただきありがとうございました!




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

国木田明衣子の鉄則 〜留年寸前僕、陰キャ美女たちとイチャイチャ幽霊退治してたら世界を救う羽目になる。~ 伊矢祖レナ @kemonama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ