エピローグ 陰キャ女子は告白しない。

第45話 自分の部屋にJKがいて、

まず目についたのは、シーリングライトだった。

毎日見ている、自分の部屋の天井だ。


起き上がると、布団が自分の上から剥がれ落ちた。

今まで眠っていたらしい。


今日が何日かとか、昨日まで何をしていたかとか、思い出す前に、心がザワッと波立った。


この感覚は、アレだ。

遅刻したのを直感したときの、アレ。


え、僕、どのくらい寝てた……?


「あ、直輝起きたー?」


部屋の外から、母の声が聞こえた。


襖の隙間を大きくして、居間を覗くと、母親が煎餅を齧りながらテレビを見ていた。

ザ・日本の風景である。


「大丈夫? あんた丸一日寝てたよ。過労だって。何してたのよ」

振り返った母が、半ば心配し、半ば呆れたように宣う。


過労……


僕はようやく、頭に残った最新の記憶を思い返した。


そう、体育の神と戦ったんだ。

それで、ビームをもろに食らって、でも死ななくて。

あのビームは、過労ビームだったのだろうか……なんだよ、過労ビームって……いや、そこじゃないッ!


「今、丸一日って言った……⁉︎」

「え? うん」

「丸一日って、二十四時間⁉︎」

「アンタ、大丈夫……?」


僕は慌てて部屋に戻って、デジタル時計に飛びつく。

そして――絶望した。


液晶表示は、体育の神との戦闘から、ほぼ一日経っていることを告げていた。

時刻は現在、十五時を迎えようとしてる。

六限の真っ最中だ。


一応六限の後は、掃除と短いホームルームがあるが、それでも、僕が学校に着くのは放課後。


ついに、無断欠席である。

僕は思わず、布団の上にへたり込んだ。


留年。


自主退学。


中卒。


三つの単語が、頭の中をグルグルと回る……


「まぁ、突然学校行き始めたからね。ちょっと頑張りすぎちゃったのかね」

母はよっこいしょと膝に手を当て、立ち上がった。

「体、大丈夫そう? ちょっと母さん、買い物行ってくるけど」

「うん、大丈夫……」

「何食べたい?」

「大丈夫……」


母は僕が寝ぼけていると思ったのか、肩をすくめて、

「まだ寝てなさい」

と言って、家を出ていった。



僕はしばらく、布団の上から動けなかった。

事実が、現実が、僕の背中に重くのしかかってくるようだった。


昨日の行動に、悔いはない。

けれど、世界はやはり、僕には厳しいらしい……


泣きたくなってきたところで、玄関扉が開く音がした。


母さん、また財布忘れて戻ってきたのかな……

なんて思っていると、


「どうぞー、入って。ごめんね汚いけど」


外向けの母の声が室内に響いた。

そして、怪訝に思う間もなく、


「直輝ーっ! お客さーん!」


お、お客さん……⁉︎


僕は狼狽えた。


僕に?

家に?

何で?


困惑した頭が、その行動に該当しそうな相手を検索し始める。

しかし、そんな奇特な人は、幼稚園時代に遡ってさえ、ひとりもヒットしない。


ギィー……バタンッ!

鉄板一枚でできた古い玄関ドアの閉まる音。

トットットッ。

誰かが、居間に近づく足音が聞こえてくる。


正体のわからない訪問者……まるでホラー映画だ……


僕は覚悟を決めて、恐る恐る襖から顔を出すと、見上げた先には――国木田さんがいた。


そう、国木田さんがいた。


訳がわからなさすぎて二回言ってしまったけど、現実にそこに立っているのは、確かに国木田さんその人だった。


国木田さんは制服姿で、僕を見下ろしていた。

我が家に制服JKがいる、この非現実感よ……


「ど、どど、どうしたの?」

びっくりして、僕は何度も吃ってしまった。


「一応、様子を見に。元気?」

国木田は、スマホではなくきっちり自分の声でそう尋ねた。


「あ、う、うん。元気。ありがとう」


これ、夢かな……


初めて心調部の部室に行ったときのことを思い出した。

念のため、ちゃんとズボンを履いてるか確認する。

そして、自分が完全にパジャマ姿であることに気づいた。

「あ、ご、ごめん、今着替えるから」


慌てて告げる。

しかし、彼女は別のものに気を取られているようだった。

視線の先は、僕の部屋の奥。

国木田さんは、唐突に襖に手をかけると、なぜか僕のテリトリーに踏み入ってきた。


「いやちょ、部屋汚いから!」


僕は国木田さんに取りすがるように言った。


ここは、完全陰キャの雑魚寝部屋である。

ゴチャゴチャと物は散らかり、分厚いカーテンによって日差しは入らず、今さっき起床したばかりで湿気がこもっている、不潔な男の部屋だ。


女子を入れるのは、恥ずかし過ぎる……


国木田さんは、そんな汚部屋で胸を膨らませると、


「陰野の匂いがする」

「いや勘弁してください……」


何用だ。

何しに来たんだこの人は。


彼女は、警察に踏み込まれて呆然とする一般人みたいな僕を跨ぎ越し、崩れた布団も跨ぎ越し、躊躇なく窓際へ進んでいくと、常時閉め切りのカーテンを、サッと開け放つ。


すると、差し込んだ陽光で、日陰の部屋が隅々まで明るく照らされるようになった。


もう七月も間近。

梅雨もほぼ明け始め、気の早い太陽は、真夏の激しさを備えつつある。


国木田さんは、窓も容赦なく開け放った。

途端に、爽やかな風が流れ込み、部屋の湿気と陰気を吹き飛ばしていく。


「元気なら、行こう」


彼女は日差しを背に、くるりとカールした髪をなびかせて、僕に言った。


「ど、どこに……?」


「学校」




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