第44話 彼女の声はとても綺麗で、

暗く、重く、濁り切った、阿鼻叫喚の巨大な陰気の凝集体は、停止した三宅さんの身体を丸々飲み込んだ。


間一髪、安全圏に逃げ込んだ僕は、固唾を飲んでその光景を見守る。


蠢く陰気玉はやがて消滅し、その中心に残された三宅さんは、膝をついていた。


そして……


「……ぅぉぉぉぉおおおお!!!」


身の毛もよだつ咆哮が空気を揺らした。

三宅さんが、体育の神が、空に向かって吠えている。


ダメだったか……


僕は、もう一度臨戦体制を取ろうと構える。


しかし、声を切らせた三宅さんは、不意にパタリと倒れた。

不審に思って耳を澄ませると、地面に頬をつけて、陰気に呟いている。


「生きてても仕方ない……けど死ぬ気も起きない……世界を恨む気力もない……」


「わっ、わっ、三宅さん、ネガティブになりすぎて動けなくなってます!」

わかが、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、喜びの声を上げた。


「鬱って、極まると死ぬ気力すら湧かなくなるんだよね」

国木田さんがやけにリアルな知識を披露している。


その間に、筋骨隆々の怨霊が、三宅さんの背中からぬるっと抜け出してきた。


「クソッ、この体、俺より陰気じゃねぇか……!」


「出て来た……!」

僕らは目を合わせる。

成功したんだ!


しかし、空に浮かんだ体育の神もまた、不敵に笑っていた。


「まぁいい。エクササイズパワーは十分溜まった。筋肉の力ですべて塵と化してやろう」


彼女はそう宣言すると、全身を大きく膨らませ始めた。

金の光が、直視できないほど眩く輝き始める。


「姫!」

「おうよ!」


国木田さんが叫ぶと、姫野さんは既に大砲の裏にいた。


「まだ満タンじゃねぇけど、撃てるぞ! お前らも銃出せ! 一斉に叩く!」


僕たちは全員、粒子銃を取り出して、体育の神に照準を合わせた。

怨霊は、今や太陽のように照り輝いている。


「出力最大! 誰も外すんじゃねぇぞ!」


姫が大声で叫ぶ。


「粒子砲、発射――ッ!」


瞬間、五本の眩い光線が閃き――神の巨体を貫いた。


彼女は慌てて僕らを止めようとしたが、もう遅い。

体に開いた五個の穴は、みるみる大きくなっていき、霧散する金色の粒が、校庭に降り注いでいく。


「がぁあああああ‼︎ クソッ‼︎ こんなもんで……ッ‼︎ 俺の恨みは……ッ‼︎」


断末魔が、悲しく響き渡る。

しかし、霊体の崩壊が止まることはなく。

神たる彼女は、幻のように静謐に、消滅していった。


「……勝った?」


僕たちは、突然静けさの戻ったグラウンドの前で、顔を見合わせる。


「勝ったの?」


誰ひとりとして確信が持っていないのは、不安げな表情からありありと伝わってきた。


本当にあの巨大な敵を倒したのだろうか。

またなんかウーバーとか言って復活しない?

今すぐ大砲の再充電を……


しかし、その必要がないということは、背後に轟いた無数の声が教えてくれた。


突然降り注いできた、爆発にも似た大音量に、僕たちは慌てて振り向く。


音の発生源は、グラウンドを見下ろす特別棟校舎からだった。

どの窓からも、生徒たちが首を出していて、僕たちに向かって拳を突き上げたり、歓声を送ったりしている。


いつの間にか、僕たちの戦いは、全校生徒に見守られていたのだ。


よく考えれば、いや、よく考えなくても、当然だ。

あの騒ぎだもの。


体育の神が消えたからだろうか。

学校の頭上を渦巻いていた分厚い黒雲も消え、元の晴れ間が戻ってきた。


僕は思わず目を細める。

世界って、こんなに眩しかっただろうか……


人生最多の注目を浴びた心調部の面々は、喜ぶよりも狼狽えまくっていた。

その様子がおかしくて、僕は笑った。


部員たちも、学校の人も、みんな生きてる。

よかった……なんとかなって……ほんとによかった……


感慨にふけっているうちに、僕はいつの間にか、地面にぶっ倒れていた。


「えっ、陰野⁉︎」


国木田さんの高い声が耳朶に届く。

しかし、視界には何も映らない。


僕の意識は、心地よい重さを感じながら、闇の中へと沈んでいった。


やっぱり、国木田さんの声は素敵だなぁ、なんて思いながら……



― 第五章 陰キャ同士は通じ合う。 おわり —



🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸


 第五章までご覧いただき、ありがとうございます!


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