第43話 全部、嫌いで、

言葉から漏れ出ていたのは、世界への深く激しい憤りだった。


僕には、それが誰のものか、直感的にわかった。


体育の神、その幽霊の嘆きだ。

生前のものだろうか、女性の声色で、同じ怨言を呟き続けている。


『全部……全部……全部嫌いっ……!』


僕はいつの間にか、彼女の言葉に呑まれていた。


この感情を、僕は知っている……


変わらない現実を恨み、変えられない自分を恨んでいる。

自分を傷つける、世間の人たちを憎んでいる。

この世のすべてが消えればいいと願っている。


それは、心調部に入る前までの僕だった。

あのときの僕の成れの果てが彼女だと、僕は悟った。


「ごめん……僕、止めてくる……」


僕が陰気玉から手を離すと、託された重みに残り三人がよろめいた。


「陰野⁉︎ 一人じゃ危険……!」


国木田さんの制止は、聞こえている。

それでも、僕の足が止まることはなかった。


心には、確信が宿っていた。


これが、僕の役目だったんだ。

僕が心調部に入ったのも、彼女が暴れ始めたのも、すべて必然なんだ。


彼女の寂しさをわかってあげられるのは、僕しかいないのだから……


僕は、踏み荒らされたトラックに足を踏み入れると、走ってくる三宅さんの体に向けて、両手を広げた。


「どけッ!」


彼女が右手を僕に掲げる。すると、腕全体に光が満ち始めた。

すぐにも撃たれるだろう。鉄骨を粉砕する破壊の力だ。


でも、僕は伝えないといけなかった。彼女の心を救うために……


「寂しかったね……」


一瞬だが確かに、彼女は動揺した表情を見せた。


届いたと、確信する。

これでいい。


次の瞬間には、腕から放たれた光線が、僕を丸ごと呑み込む。


すべてが輝く白に包まれ、世界が反転した――



  ◆ ◇   ◆ ◇   ◆ ◇ 



そこは、子供部屋だった。


机と壁の隅に、体育座りで縮こまっているのは、見知らぬ女性。

同い年くらいだろうか。

立てた膝に顔を埋めて、泣き濡れている。


それは、鏡越しの僕のようにも見えた。


僕は彼女に近づいて、落ち着かせるように頭を撫でる。

しかし、彼女は顔さえ上げず、ただ泣き続けた。


どれだけの間、世界を恨んできたのだろう。

どれだけの間、自分を嫌ってきたのだろう。


他人の僕が、生きている僕が、その苦しみをすぐに癒すことなんて、できやしない。


それでも僕は慰め続ける。

少しでも、この部屋から抜け出せる力になりたかったから。


ほんのわずかに、嗚咽が小さくなったのを感じた。

手のひらを通して、僕たちは、少しだけ分かり合えた。


……そんな気がした。


「今っ!」

僕は、現で待つ仲間たちに向けて叫んだ。


途端に泣いている女の子が、小さな子供部屋が、白の彼方へ消えていく。


ハッと目を覚ましたときには、国木田さんたちの手から離れたどす黒い球体が、恐ろしい迫力で迫ってきていた。

それはまるで、黒い月が堕ちるかのよう……


僕は急いで地面を蹴った。



🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸


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