第16話 部室のロッカーが睨んでいて、
方針を決めた心調部の部員たちは、日暮れを待って、運動部の掛け声が飛び交うグラウンドに移動した。
特別棟を出て、レンガ敷きの中庭を横切り、グラウンドへ降りると、その右側に、二階建てのプレハブハウスが見えてくる。
数年前に新設された運動部の部室棟だ。
たくさんの部屋があるうちの一番端が、女子陸上競技部の部室だった。
部名が書かれた扉の横には、靴箱やら、カラーコーンなどがバラバラと置かれている。
あまり整理のついた感じはしない。
淡い夕暮れを背に、五人の影が扉に伸びる。
なぜかヤバい気配が漂っている気がするのは、先入観のせいだろうか……
「明衣子先輩、本当にいくんですか……? やめません……?」
わかは腰が引けた状態。
その背中に柳女さんもくっついて、こくこくと頷いていたが、人工の音声が無情に告げた。
――仕方ない。これが私たちの部活なんだから。
「退部したい……」
わかが呟く。
僕はふと思った。
そういえば、彼女たちはなんでこの部活にいるんだろう……
国木田さん以外、心霊の類は苦手そうなのに……
三宅さんが懐から部室の鍵を出して、スライド式のドアを開けた。
ビビりながら覗きこむ面々。
そこは、何の変哲もない普通の部室だった。
競技で必要になる道具、ドリンクサーバー、大きな日除け傘などが、棚や床に雑多に置かれている。
壁には大きなホワイトボード。
部員への伝言や走り方の図解が残ったままで、カレンダー部分には誰かの誕生日、公式大会の予定が書き込まれている――呪いの漢字ドリルとは大違いだ。
部屋の奥には、話に出ていた、鈍い銀色のロッカーがひとつ。
広さの割には窓ひとつで薄暗かったが、それ以外、幽霊に繋がりそうなものは何も見当たらなかった。
国木田さんを先頭に、各部員も嫌々入室した。
部屋の中は、道具と土埃の混じった匂いで、まさに運動部って感じだ。
日が暮れかけているとはいえ、まだ明るいので、それほど怖くはない。
僕は、部屋の奥、暗がりに配置されているロッカーを指差して聞いてみた。
「あの、あれが開かないっていうロッカーですか?」
「そう。掃除用具が入ってるだけなんだけど、時々全然開かなくなって」
「そうですか……」
警戒しながら、ロッカー前に近づいてみる。
エイリアンとかじゃあるまいし、突然何かが飛び出すことはないと思うけど……
そのとき、自分が踏んだ床から、ピチャッ、と小さな水の弾ける音がした。
「え、何かここ、濡れてる……!」
「うわぁん! 血ですか!?」
背後から、わかの泣きべそが飛んでくる。
「いや、それはわからないけど……」
もう一度踏んでみるが、正体が判然としない。
僕は屈んで、その水溜りを、思い切って触ってみた。
サラッとして冷たい……
「……ただの水かも」
「なんだ……驚かせないでくださいよ……」
「あ、ごめん。電気つける」
三宅さんがドアの横のスイッチを入れると、蛍光灯の白い光が天井から床を照らした。
足元の水溜まりが光を反射する。
濡れている範囲が、予想以上に広いな……まるで撒き散らしたみたいな……
「多分、誰かのスポドリが勝手に飛んでこぼれたんだと思う。前もこんなんになってた」
三宅さんが隣に来て不満げに唸った。
――それって、これかな。
並んだハードルの下に這いつくばった国木田さんが、有名スポーツドリンクのペットボトルを取り上げてみせた。
蓋は開いて、中身は空だ。
「きっとそう! だからみんなには持ち込まないでって言ってるのに……なんで聞いてくれないワケ⁉︎」
「ぼ、僕に聞かれてもわからないんですけど……!」
急に三宅さんは僕に食ってかかった。
彼女の目は怒りに燃えている。
大会前って言っていたが、確かにちょっとヒステリーかもしれない。
これが毎日なら、部員たちが疑うのも納得アンド同情……
「で、このロッカーが開かないんですよね⁉︎」
わかはトイレが近いみたいにぴょんぴょん跳ねて言った。
「早く確認して帰りましょう!」
「でも……誰がやるの……?」
後ろで棒立ちしていた柳女さんが、不安げに聞く。
――陰野。
国木田さんのスマホが無情に指名した。
「えっ! なんで僕!?」
――男子だし。私たちより力あるから。
「ひ、引きこもりよりは運動部の方があるかと……」
「ウチが筋肉バカだって言いたいわけ!?」
三宅が即座に反応した。
「女っ気もない戦闘民族だって言いたいの!?」
「ヒッ……そんなこと言ってない……」
誰かに言われたのだろうか……
僕は女子四人の圧力により、ロッカー前に押し出された。
対峙した鉄製の箱からは、なんとなく、何かが息づいているような気がする……
僕はすぐ逃げられる体制をとりつつ、取っ手に指をかけた。
「じゃ、じゃあ、行きますよ……」
勇気を出して、扉を……引くッ!
「ふっ!」
……扉は、微動だにしなかった。
「ほ、本当に開かない……ふっ!えいっ!」
何回引いてみても、ガンとして開かない。
困惑していると、ロッカー扉の上部に入った切れ間の奥で、何かが光った気がした。
少し背伸びして覗き込むと、それは間違いなく、瞳。
人の目が、僕を睨んでいた。
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