第34話 体育の神は危険度Sで、

慌てて特別棟を駆け上がり、部室へ向かう。


「みんな!」

飛び込んで叫ぶと、わかと柳女さんが、狼狽えていた。


「先輩たち! なんですかこれ⁉︎ 変な放送がずっとかかってるんです!」


変な放送……?


耳を澄ますと、ザザ……というノイズが乗って、黒板の上のスピーカーから、声が聞こえてきた。


『死ね……死ね……俺より早いやつはアキレス腱切れろ……前十字靭帯を断裂しろ……』


途切れない呪詛が、おぞましい声でひたすら繰り返されていた。

それも徐々に、ボリュームが上がっている……


部室に居着く霊たちは、盆と正月が一緒に来たみたいな大騒ぎだった。


ラップ音はすごいし、半透明の霊が堂々と通過するし、あらゆる物が頭上を飛んでくる。

黒板には『世界滅亡』とデカデカ書かれている。


僕らは、黒板消しやマジックペンが飛んでるのを避けたり、ぶつかったりしながら、とりあえず三宅さんを椅子に座らせる。


「何かあったんです⁉︎」


驚くわかに、僕は説明する。


「パトロールに出てたら、三宅さんが座り込んでたんだよ。陸上部の部室もすごいことになってて……ヤバそうだったから、銃を取りに来たんだけど……」

「そうなんですね……」


「な〜んか、大変なことになったねぇ?」

聞き慣れた声に振り向くと、廊下の奥から、幽崎先生が黒衣を靡かせて現れた。

「最近霊がピリピリしてた原因は、これかぁ〜」


「先生! これなんですか⁉︎ 知ってるんです⁉︎」


わかの勢いを軽くいなして、幽崎先生が軽い調子で手を叩く。

「誰か調査記録持ってきて」


僕は、棚から一冊のバインダーを持ってくる。


受け取った先生は、飛んでくる椅子をひょいと避けると、校庭とグループ分けされたページをめくり、

「この騒動の原因は、コイツだね」

と、全員に見せた。


幽霊の名は『体育の神』――


「体育の神……⁉︎ 陰キャ最大の敵じゃないですか!」

「まぁまぁ、正式名称じゃないから」


見開き一ページに渡って描かれていたのは、矢印で結ばれた三つのおどろおどろしいイラストだった。


一番目の絵は、箱型の物に潜む『幼生』。


次は、僕と国木田さんが見たような筋肉の部屋『繭』。


最後は、筋肉ムキムキの二足歩行体『成体』。


危険度を表すハンコも『S:危険。迅速な対処必須』が押されていた。


「危険度S……しかも体育の神……勝てる訳ないですよぉ……!」

わかが嘆く。


「確かに、成体になったら勝ち目ないね。学校ひとつなんて一瞬で消し飛ばせるから。すぐに世界崩壊よ」

「もう幽霊っていうか怪物じゃないですかっ!」


「でも、成体にさえしなければ、こいつは言うほど危険じゃないよ」

噛んで含めるように、先生は説明し始めた。

「この霊は、各段階に進化するには、飲食をしないといけない変わったヤツなんだよ。まず幼生から繭に至るには、大量の水と塩分が必要……なんだけど、もうこの感じ、進化してるね。誰か塩水ぶっかけたりした?」


「スポーツドリンクだ……」

僕は愕然とした。

「ポルターガイストで飛び回ってるのを三宅さんが見てます。あれは進化の儀式だったんだ……」


思い出すのは、ロッカー前の濡れた床。

あれ、本当にスポドリだったんだ……


僕が求めてた情報だけど、今や全然嬉しくない……


先生はふむと頷くと、

「焦らなくて大丈夫。なぜなら、繭から成体もなかなか大変だからね」

先生は成体の絵をトントンと叩く。

「成体に進化するには、繭がしぼむまでの一時間のうちに、良質なタンパク質を摂取しないといけないんだ」


「タンパク質って、例えば……?」

国木田さんが聞き返す。

途端に、わかと柳女さんが目を見開いた。


「え、明衣子先輩が普通に喋った……‼︎」


まぁ、気持ちはわかるが……今はそっとしておいてやってほしい。


国木田さんは誤魔化すようにコホンと咳払いすると、

「今はそれどころじゃないから、あとで……」

とだけ言った。


「鶏むね肉とか、卵とかだね。しかも、加熱調理してないとダメだし、油っこいのもダメ」

「じゃあ、それらを部室に持ち込まなければいい……」

国木田さんの呟きに、先生はひとつ頷く。


それだけで、部員たちの間に、ホッとした空気が広がった。


つまり、一時間、部室を封鎖すればいいってことだ。

たとえ放置したって、そもそも学校にそんなピンポイントな料理を持ってくるヤツなんて、いやしない。


「危険度Sっていうから、どんなのが来るかと思ったら、なんか拍子抜けですね」

わかが気が抜けたように言う。


「だから言ったでしょ。言うほど危険じゃないって」

アハハ。

先生と部員たちは笑い合う。


「あ……あ……あの……」

僕たちの後ろでずっと会話を聞いていた三宅さんが、上擦った声を上げた。


見るからに、青ざめている。


「ウチ、さっき部室入ったとき……じ、自分でも意味わかんないんだけど……無性にサラダチキンが食べたくなっちゃって……」

「サラダチキン」


嫌な予感がする……


彼女は苦渋の表情で独白した。


「頼んじゃったの……ウーバーイーツ……しかも、いろんなお店から……いっぱい……」


「「「「「……ウーバーイーツ⁉︎」」」」」




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