第32話 国木田さんは薄桃の花を開いて、

殺到していた依頼がひと段落し、ようやく一息つけるようになった頃。


――パトロールに行こう。


と国木田さんが突然言い出した。


わかと柳女さんは依頼に出ているので、部屋には僕と国木田さんしかいない。

だから、僕に向かってなのは疑いようもない。


僕はびっくりして図書館の本から目を上げた。


やる気あるなぁ……


じゃんけん勝者の僕たちは留守番で、そういうときは個々人で静かな時間を過ごすのが部員共通の至福のはずだった。


それなのに仕事をするなんて、信じられない……

まるで三宅さんだ……


――嫌?


「い、いいけど」


僕も彼女に合わせて立ち上がる。

最近作ったドア前の札を『外出中』にして、僕たちは廊下に繰り出した。



  ◆ ◇   ◆ ◇   ◆ ◇ 



特別棟をざっくり見てから、中庭を通って屋外へ。

校庭から旧校舎付近を確認する。


パトロールの際はその周辺の重点的に見回りするようにしていた。


ここ二年はパトロールでの成果はないという話だったのに、近頃は数回に一回は心霊被害に出くわしていた。


やはり、この学校で何か起こっているのだろうか……


国木田さんと、ただ黙々と歩を進める。

二人だけだと、なんだか気まずい……


こんなときは雑談だ。

僕は、ちょっと話を振ってみることにした。

そう、僕も雑談を振れるまでに成長したのだ……!


「な、なんで最近こんなにお化け出るんだろうね……?」


――わからない。季節かな。


国木田さんはスマホを取り出して短く答える。


そして、会話は途切れた……


うん、いい雑談ができた!

僕は満足してパトロールに集中する。

いやぁ、今日は頑張ったな!


……が、そのうち、隣を歩く国木田さんに、どこか元気がないことに気づいた。


けど、そんなのを指摘するほどの関係性じゃないっていうか、おこがましいと思うし、僕の人を見る目なんて皆無だし、そもそも合ってたとしても触れられたくないだろう。


ということで、あえてのスルーを決めこんだとき、


――あのさ。


少し後ろから聞こえる機械音声。

国木田さんは足を止めていた。


僕は慌てた。


「あ、やっぱ会話とか、う、ウザかったよね。ごめん、うるさくして。黙ります……」


――いや、そうじゃなくて。


彼女は、妙に打ちづらそうにしていた。

まるで奥歯に物が挟まっているように……って、彼女の場合挟まってようが関係ないけど。


――私、ちゃんとお礼言ってないと思って。あのときのこと。


「あの時って……?」


――旧校舎で、助けてくれたこと。


そう言って、彼女の視線が僕を一直線に射る。


――絶対死んだと思ったから。助けてくれて、嬉しかった。


僕を見上げた国木田さんは、相変わらず読めない表情で。

だけど、この一ヶ月の濃い関わりの中で、僕は彼女のミリ単位の変化に気づけるようになってしまっていた。


なんだか、国木田さん、緊張してる……?


彼女は細い喉を動かして生唾を飲み込むと、いつも手放さないスマホをスカートのポケットに閉まい込んだ。

そして、瑞々しい薄桃の唇を、微かに震わせつつ開いていく。


「あ……ありがとう……」


国木田さんは、自分の声で、そう言った。


僕は天啓に打たれたみたいに愕然と立ち尽くした。


しゃ、喋った……⁉︎


階段で助けてくれたとき以来の生声だった。

あのときの個性的で、愛らしい、どこか不思議な声色、そのままだ。


僕の頭は大パニックで、お祭り騒ぎで、お神輿わっしょいで、収穫祭で、トマト祭りで、花火がドドンで、もう大騒ぎだった。


大混乱の脳内から、言葉が流れ出てしまう。


「く、国木田さん、スマホは⁉︎」

「……やっぱりあった方がいい……?」


国木田さんが、ほんとに今にも消え入りそうな声で俯く。


「いやいやいや! なくていいっていうか、ない方がいいっていうか……」

まずい、なんか僕、キモいぞ。

「つ、つまり僕が言いたいのは、なくて平気なのってこと。だって、理由があってそうしてたんだと思うから……」


僕の言葉に、彼女は小さな手で、スカートを強く握った。

握りしめ過ぎて、元から白い手が、更に蒼白になっている。


「私、子供の頃から、この声でいじめられてて……ずっと友達がいなかった。街でも話せば振り向かれて、覚えられて……声を出すのがトラウマだった。怖かったの」


彼女の口から辿々しく語られるのは、十七年抱え続けた、悲しみ。


「でも、そのせいで、陰野を危ない目に遭わせた。もし陰野が死んでたら、私、自分のこと許せなかったと思う。だから、心調部ではちゃんと話そうと思って。みんななら、きっと認めてくれるって……勝手に思い込んでる……だけだけど……」

「……大丈夫だよ」

どんどん尻すぼみになっていく彼女に、僕はほんの少しだけ笑ってしまった。


その心配もわかるけど、もう僕たち、そんな遠い関係性じゃないでしょう……?


「誰もいじめないし、馬鹿にしない」

「うん……」

「あんなに死線を潜ったのに、今更声なんかで変わらないよ。うちの部長なんだから」

「うん……うん……」

「それに、最初に僕を助けてくれたのは、国木田さんだよ? だから、これでトントン」

「……ありがと」

彼女は、再び感謝の言葉を呟いて、頭を下げた。


これで少しは、国木田さんの役に立てただろうか……


命を懸けた甲斐があったなぁ、なんて、深い幸せと充実感にしばらく浸る。


そして、訪れる、沈黙――


……ん? 待って、なにこの空気。


僕は不意に気づいた。


違和感がある。

主に国木田さんの方から。


なぜか一向に動き出さない彼女は、何かを言いあぐねているように見えた。


意味深な静寂に、僕は頭をフル回転させる。


なに、これ……なんなのこの緊張感……


一般的には、今ので話は終わったはずだ。

それとも、僕のコミュ力が低すぎるだけで、世間では会話の後に何か別のフェーズがあるのか……⁉︎


「あの、ね……」

「は、はい……!」


彼女の声に、弾かれたように返事する。


「実は、もうひとつあって……」

「う、うん……!」


彼女は遠慮がちに、しかし真っ直ぐに、僕を見つめた。

小動物みたいに丸くてつぶらな双眸が、不安と決意の光を孕んで揺れている。


校庭では、たくさんの運動部が掛け声と共に活動していた。


その隅の、誰からも遠い場所で、誰からも気にされない僕らは、互いに目が離せなくなっている。


国木田さんのフワフワした髪は、夏の風に揺れて、潤んだ瞳が僕の影を映していて。

僕の方は、呼吸が浅くて、まるで息の仕方を忘れてしまったみたい。


もうこの世界は、僕が知らない場所のよう……


「あのね……」

「はい……」


次に来る言葉を固唾を飲んで待つ。

身を固めて。


彼女が口を開いた、その瞬間――


「キャアーッ――!」


広いグラウンドに、作り物みたいに綺麗な悲鳴が響き渡った。




🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸


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