第8話 旅立ち ~荒川 瞬~

 白の間へ戻ったときには、まだ有効期限まで十分ほどあった。

 中途半端な時間だ。


「荒川さま。七日間、お疲れさまでした。有意義なお時間を過ごせましたでしょうか?」

「ええ。ボクにしては有意義だったと思います」


 思い返せば七日間なんて本当にあっという間で、もっとみんなと過ごしたかったし、りのりんを応援したかった。家族とも本当は最後までいたかった。

 浮かんでくるのは、やりたいことばかりで、それでも後悔はしていない。

 サキカワさんはずっとほほ笑んだままだ。


「それはなによりです。それでは、チケットをお返しいただきます」


 胸のあたりで手にしている黒革のトレイに、いつの間にかボクのチケットが乗せられている。

 ボクはサキカワさんに、恐る恐る聞いてみた。


「あの……ボクは友人にとり憑いてしまいました。やっぱり大変なことになってしまうんでしょうか?」


 急に真顔になったサキカワさんは、ボクの目をジッと見てから、また笑顔を浮かべた。


「ここを出る前に、とり憑く行為はしないように言われていたのに、ボクは……」

「わたくしが申し上げた注意点は、『者両を使用して、生前憎かった人へ復讐をしたり、悪意を持ってとり憑くなどの行為はしないように』でございます」

「……はい。本当にすみませんでした」


 ボクは深く頭を下げて謝った。

 大変なことって、なんだろう?

 ひょっとしたら、地獄行き……とか?


「荒川さまの、先ほどの行為ですが……悪意があるようにはお見受けできませんでした」


 ボクはハッとして顔をあげた。


「危険な行為に及んだ様子もございませんでした。不問、ということでよろしいそうです」

「不問……良かった……ありがとうございます!」


 サキカワさんは真っ白な部屋の一角へ手を向けた。

 そこには出ていくときと違って、ゴールドのドアハンドルが刺さっている。今度はあっちへ行くのか。


「そろそろお時間になります。荒川さまには、あちらの扉からお進みいただきます」

「はい。でも、あのドアの向こうにはなにがあるんでしょうか?」


 サキカワさんはわずかに小首をかしげて眉をさげた。


「申し訳ございません。わたくしの管轄はこの白の間のみ。あの先になにがあるのかは、把握しておりません」

「……そうなんですか」


 不安だ。そんな気持ちを察したかのように、サキカワさんが続ける。


「ですが、噂で聞き及んだことはございます。生まれ変わる手順を踏むために、いくつかの手続きが行われるとか」

「生まれ変わるため……なるほど」


 ボクの頭の中には、四十九日という言葉が浮かぶ。

 これからボクは、そういう旅に出るのか。

 生まれ変わったら、ボクはまたオタクになりたい。

 夢中になって、頑張っている誰かを応援して、その人の幸せを願いたい。

 さっきまでのように、同じような気持ちを持った仲間と一緒に。


 出発のベルのごとく、ガラス細工の呼び鈴を鳴らしたサキカワさんは、ボクに向かって深く頭をさげる。


「それでは荒川さま、いってらっしゃいませ」


 ゴールドのドアハンドルをしっかりと握ったまま、ボクは一度振り返った。


「サキカワさん、ありがとうございました」


 ドアを開けるとボクの体はまぶしい光に包まれた。


荒川 瞬あらかわしゅん 32歳 男 地下アイドルオタク 白の間より旅立ち】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る