今野 洋平
第1話 オレの一日目
【
――ああ……そうか。
――オレは死んでしまったのか。
卵型のソファーにまた横たわった。
手にしたチケットを眺める。
〇〇〇〇年 〇月 ×日 二十時四十三分 ~
〇〇〇〇年 〇月 □日 二十時四十三分 迄
要するに、上の段に書かれた日に死んだってことか。
そのときのことは、薄っすらと覚えている。
確か信号待ちをしていたんだ。残業で遅くなって……。
早く帰りたくて、いつもは信号待ちのときに後方で待つのに、最前列に立っていた。
そうしたらスピードを出した車が止まった車に突っ込んで、その中の一台が歩道に突っ込んできたんだ。
事故の瞬間とかに良くスローモーションでみえるとか言うけれど、そんなことはなかった。
少なくとも、オレは。
「なんてこった……でもこの時間だと、少なくとも即死じゃあなかったってことだよな」
それでも、きっと病院へ着く前か、着いてすぐに死んでいるだろう。
妻の
「楓……まだ二歳なんだぞ……この先のことはいろいろと準備していたけれど……」
いきなり未亡人になる妻や、まだ幼い娘を思うと涙がにじむ。
七日間、どこへでも行かれるというのなら、まずは家に帰ろう。
体を起こして周囲を見渡すと、白い壁の一カ所に、銀のドアハンドルがついている。
部屋全体が白いせいで、それがなければドアの存在にも気づかなかったかもしれない。
ハンドルを握るとそのまま押してみる。ドアが開いた。
「今野さま。お出かけになりますか?」
「えっ……? あ、はい」
「コンシェルジュのサキカワと申します。では、まずチケットのご利用方法をお伝えいたしましょう」
「ああ、これ?」
手にした乗者券をみた。電車の切符とは違うんだろうか?
そう疑問に思っているあいだに、サキカワさんはどんどん説明をしていく。
切符のように見せる必要はないことや、行きたい場所を思い浮かべて青い者両を選ぶこと、などさまざまだ。
乗るのが人だと聞いて、乗者券とはなるほど良くいったものだと思った。
「ちなみに、行き先は場所だけが限定ですか? 妻……いや、人を対象にはできないんでしょうか?」
家を思い浮かべればいいんだろうけれど、もしも病院やほかの場所に行っていて、家にいなかった場合はどうしたらいいのか。直接仁美を訪ねていけるなら、そのほうが早い。
「人、ですか? 不可能ではありませんが、お相手が移動されている場合、どうしても後追いとなりますので、長い時間追いつけない可能性が……」
「ああ、なるほど……」
そうなると、やはり家に行き、出かけているようなら待つほかないのか。
「そうだ、自分の体だとどうなんですか?」
「ご自身のお体であれば、そう長く移動し続けることもないかと思われますので、誰かを追うよりはたどり着きやすいかと」
「わかりました。ありがとうございます」
他には、者両を使用して、生前憎かった人へ復讐をしたり、悪意を持ってとり憑くなどの行為はしないように、と言い含められた。
そういった行為があると、大変なことになってしまいます、とサキカワさんはにこやかな表情を崩さないままで言う。
別に誰かにとり憑いたり復讐しようなど思ってもいないけれど……。
「ところで、大変なことというのは、どんなことなんですか?」
「少々説明が難しくなるのですが……まず、ここの『白の間』へ戻ることができなくなります」
手もとの乗者券は期限がくると使えなくなり、消えてしまうらしい。そうなると者両もみえなくなり、どこにも行けなくなるそうだ。
自分の行ったことがある場所へは移動できるけれど、ただそれだけになるという。
「世間でいうところの『浮遊霊』になるって感じですか? それが大変なことなんですか?」
「生まれ変わるための第一歩となるのがこの部屋です。ここに戻れないということは、当然その先へも進めません」
要するに生まれ変わることができなくなり、現世を浮遊しているだけの存在となってしまう。
場合によってはいわゆる『悪霊』になってしまい、現世を生きる人へ悪影響を与えるそうだ。
そうなると、さっきの説明にあった『赤い者両』のような霊感の強い人が出てきて祓われてしまったり、消滅させられてしまう、と言った。
「もしくは、わたくしどもは把握しておりませんが、別のルートへ送られてしまうと聞き及んだことがございます……」
「別のルート……」
地獄、とかだろうか。
あるかは知らないけれど、こんな部屋があるくらいだ。きっと地獄もあるんだろう。
そんなところへ行かされちゃあたまらない。つまるところ、やるなと言われたことをやらなければいいだけのことか。
その後もいつくかの注意点や説明を受け、サキカワさんに促されて自宅の場所を思い浮かべた。
いくつかの青い者両が現れる。
「あとは、都度、不明点など出てくることもあるかと思います。そのような場合には、速やかに降者していただき、わたくし、サキカワの名前をお呼びください。すぐにご対応させていただきます」
「わかりました」
「白の間へお戻りになられる場合も、同様にわたくしの名前をお呼びください」
オレが黙ったままうなずくと、サキカワさんは深く頭をさげて出発のベルのごとく、ガラス細工の呼び鈴を鳴らした。
「それでは今野さま、いってらっしゃいませ」
家に仁美と楓はいるだろうか。なんとなく嫌な予感が過った。
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