今野 洋平

第1話 オレの一日目

今野 洋平こんの ようへい 38歳 男 町工場勤務】


――ああ……そうか。

――オレは死んでしまったのか。


 卵型のソファーにまた横たわった。

 手にしたチケットを眺める。


 〇〇〇〇年 〇月 ×日 二十時四十三分 ~

 〇〇〇〇年 〇月 □日 二十時四十三分 迄


 要するに、上の段に書かれた日に死んだってことか。

 そのときのことは、薄っすらと覚えている。

 確か信号待ちをしていたんだ。残業で遅くなって……。

 早く帰りたくて、いつもは信号待ちのときに後方で待つのに、最前列に立っていた。

 そうしたらスピードを出した車が止まった車に突っ込んで、その中の一台が歩道に突っ込んできたんだ。

 事故の瞬間とかに良くスローモーションでみえるとか言うけれど、そんなことはなかった。

 少なくとも、オレは。


「なんてこった……でもこの時間だと、少なくとも即死じゃあなかったってことだよな」


 それでも、きっと病院へ着く前か、着いてすぐに死んでいるだろう。

 妻の仁美ひとみや娘のかえでにも、会えなかったに違いない。


「楓……まだ二歳なんだぞ……この先のことはいろいろと準備していたけれど……」


 いきなり未亡人になる妻や、まだ幼い娘を思うと涙がにじむ。

 七日間、どこへでも行かれるというのなら、まずは家に帰ろう。

 体を起こして周囲を見渡すと、白い壁の一カ所に、銀のドアハンドルがついている。

 部屋全体が白いせいで、それがなければドアの存在にも気づかなかったかもしれない。

 ハンドルを握るとそのまま押してみる。ドアが開いた。


「今野さま。お出かけになりますか?」

「えっ……? あ、はい」

「コンシェルジュのと申します。では、まずチケットのご利用方法をお伝えいたしましょう」

「ああ、これ?」


 手にした乗者券をみた。電車の切符とは違うんだろうか?

 そう疑問に思っているあいだに、サキカワさんはどんどん説明をしていく。

 切符のように見せる必要はないことや、行きたい場所を思い浮かべて青い者両を選ぶこと、などさまざまだ。

 乗るのが人だと聞いて、乗者券とはなるほど良くいったものだと思った。


「ちなみに、行き先は場所だけが限定ですか? 妻……いや、人を対象にはできないんでしょうか?」


 家を思い浮かべればいいんだろうけれど、もしも病院やほかの場所に行っていて、家にいなかった場合はどうしたらいいのか。直接仁美を訪ねていけるなら、そのほうが早い。


「人、ですか? 不可能ではありませんが、お相手が移動されている場合、どうしても後追いとなりますので、長い時間追いつけない可能性が……」

「ああ、なるほど……」


 そうなると、やはり家に行き、出かけているようなら待つほかないのか。


「そうだ、自分の体だとどうなんですか?」

「ご自身のお体であれば、そう長く移動し続けることもないかと思われますので、誰かを追うよりはたどり着きやすいかと」

「わかりました。ありがとうございます」


 他には、者両を使用して、生前憎かった人へ復讐をしたり、悪意を持ってとり憑くなどの行為はしないように、と言い含められた。

 そういった行為があると、大変なことになってしまいます、とサキカワさんはにこやかな表情を崩さないままで言う。

 別に誰かにとり憑いたり復讐しようなど思ってもいないけれど……。


「ところで、大変なことというのは、どんなことなんですか?」

「少々説明が難しくなるのですが……まず、ここの『白の間』へ戻ることができなくなります」


 手もとの乗者券は期限がくると使えなくなり、消えてしまうらしい。そうなると者両もみえなくなり、どこにも行けなくなるそうだ。

 自分の行ったことがある場所へは移動できるけれど、ただそれだけになるという。


「世間でいうところの『浮遊霊』になるって感じですか? それが大変なことなんですか?」

「生まれ変わるための第一歩となるのがこの部屋です。ここに戻れないということは、当然その先へも進めません」


 要するに生まれ変わることができなくなり、現世を浮遊しているだけの存在となってしまう。

 場合によってはいわゆる『悪霊』になってしまい、現世を生きる人へ悪影響を与えるそうだ。

 そうなると、さっきの説明にあった『赤い者両』のような霊感の強い人が出てきて祓われてしまったり、消滅させられてしまう、と言った。


「もしくは、わたくしどもは把握しておりませんが、別のルートへ送られてしまうと聞き及んだことがございます……」

「別のルート……」


 地獄、とかだろうか。

 あるかは知らないけれど、こんな部屋があるくらいだ。きっと地獄もあるんだろう。

 そんなところへ行かされちゃあたまらない。つまるところ、やるなと言われたことをやらなければいいだけのことか。

 その後もいつくかの注意点や説明を受け、サキカワさんに促されて自宅の場所を思い浮かべた。

 いくつかの青い者両が現れる。


「あとは、都度、不明点など出てくることもあるかと思います。そのような場合には、速やかに降者していただき、わたくし、サキカワの名前をお呼びください。すぐにご対応させていただきます」

「わかりました」

「白の間へお戻りになられる場合も、同様にわたくしの名前をお呼びください」


 オレが黙ったままうなずくと、サキカワさんは深く頭をさげて出発のベルのごとく、ガラス細工の呼び鈴を鳴らした。


「それでは今野さま、いってらっしゃいませ」


 家に仁美と楓はいるだろうか。なんとなく嫌な予感が過った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る