第2話 オレの二日目

――二日目――


 嫌な予感は当たってしまったんだろうか?

 昨日は遅い時間に家へと戻ってきたのに、仁美も楓も帰ってこなかった。

 死んですぐだと、まだ病院なのだろうけれど、いろいろな手続きがあるにしても、もう昼になろうとしているのに戻ってこない。

 オレは自分の体を行き先に、者両を探した。

 幸いにもいくつかの青い者両がみつかり、一番短い時間に飛び乗った。

 電車に乗り、たどり着いたのは職場の最寄り駅だ。者両の人はそのままタクシーに乗り込み、職場からは遠い総合病院に着くと、中へと入っていった。

 この病院へは来たことがないけれど、自分の体があるだけに特例とやらに当てはまるんだろう。

 ロビーを通り抜けるとき、妻と娘の姿がみえて、オレは者両をおりた。


――……ですから困ります。洋平はこっちで自分のお墓も購入しているんです。

――馬鹿をいうんじゃない! 洋平はうちの墓に入れるに決まっているだろう! 葬儀もこっちだ!


「仁美、どうしたんだ?」


 なにか揉めている雰囲気に、オレは仁美に駆け寄った。

 仁美の正面に立っていたのは……。


「なんで親父たちがここに……」


 オレの実家は栃木の平野部にある農家だ。兄がいて、オレは跡取りではないからと、高校卒業後に追い立てられるように家を出された。

 昭和が終わり、平成を通り越してもう令和だというのに、未だに昭和初期以前のような価値観の実家には、なんの未練もなければ感情も感傷もわかない。

 とうに縁を切ったつもりでいたのに、どうして今さらここにいるのか。


「……まさか仁美が親父に連絡したのか?」


――お葬式もだなんて……洋平のお付き合いがある人は、みなさんこちらの人たちなんですよ? 会社の人たちも……参列できないじゃあないですか!

――やかましいわ! 来たけりゃあ出向いてくればいいことだろう! 嫁の分際で俺に指図をするな!


 話にならない。

 こんな親父だから、この先どっちが先に死のうが、絶対に関わらないと決めていたのに。


「だから関わるなって言ったじゃあないか……どうして連絡なんてしてしまったんだよ」


 仁美と結婚したときもそうだ。

 仁美の手前、一緒に実家へ報告には行ったけれど、親父はオレの結婚なんてまるで興味も持たず、けんもほろろに追い返されるように帰ってきたじゃあないか。

 結婚式だってガタガタうるさく文句を言うだけだったから、呼ばなかっただろう?

 小さなレストランに仁美のご両親と数人の友人だけで、こじんまりした式を挙げたことを忘れたのか?

 仁美の後ろで楓をあやしてくれながら、二人のやり取りを見ている葬儀会社の人も困っている様子だ。

 一方的にがなり立てられている仁美の姿を、黙ってみていることしかできないのがもどかしい。

 結局、押し切られる形で全部が親父の思い通りに決められてしまった。

 満足そうに口もとを釣り上げている親父に、殴りたいほどの憤りを感じても、殴ることすらできない。

 仁美は葬儀社の人に謝り続け、楓を抱いて病院をでた。

 きっと家に戻るんだろう。

 オレは迷いながらも仁美に乗者した。


――仁美さん!


 病院を出たところで、オレの友人である茂田井 勤もたい つとむ重畠 哲哉しげはた てつやに呼び止められた。


――来てくれたんだ。

――そりゃあ……それより、洋平の実家に連絡しちゃったって?

――うん……。

――なんでまた……洋平からいろいろ聞いていたでしょ?

――そうなんだけど……さすがに亡くなったことは黙っていられないじゃない。


「やっぱり……そんな気を遣う相手じゃあないって言ってあったのに……」


 のんびり屋の仁美は他人にも良く気を遣う。それが通用しない相手もいるというのに。


――お葬式、栃木でやるって言われちゃって。お墓も向こうに入れるっていうの。

――そんな無茶な。あいつ、墓買ってたろ。

――喪主もね、自分だって言って聞かないし、私には葬儀のもてなしの手伝いに来いって。楓、まだ小さいのに……。

――とりあえず、洋平の家に帰ろう。ここで話していて、親父さんが出てきたら面倒だ。

――ごめんね、二人とも。もう私、なにをどうしたらいいのか……。

――急だったからね、そうなるよ。困らないために俺たちがいるんだから。どうするかは一緒に考えよう。


 哲哉が車で来たといって、みんなを乗せてくれた。

 やっと帰ってきた、という気持ちになる。やっぱり家に仁美と楓がいないと駄目だ。


――こんなときに悪いんだけどね、こんなときだからこそ、早くやらなきゃいけないことがあって。

――俺も勤も、洋平にいろいろと頼まれているんだよ。

――頼まれているって、なにを?


 勤も哲哉も、こんなに早く動いてくれるんだ。本当に助かる。

 オレがこんなことになってしまって、頼れるのは二人と仁美のご両親だけだ。

 三人が話しをしているあいだ、疲れて眠ってしまっている楓の顔を見つめていた。

 可愛くて可愛くてその指先に触れようと手を出しても、スッと通り抜けてしまって触れることもできない。


「できないことばかりだな……もう抱っこしてあげることも……」


 急にどうしようもなく泣けてきて、涙があふれて止まらない。

 このときばかりは、みんなにオレの姿がみえていない事実に感謝した。

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