第3話 オレの三日目

――三日目――


 勤と哲哉が助力してくれたにもかかわらず、結局はなにもかも、親父の思い通りに運ぶことになったようだ。

 それでも、オレの残したことは仁美に有利になるように進んでいる。

 今日も二人はオレの家を訪れてくれて、様々な書類の準備をしてくれていた。


――それにしても酷いわね。あちらで葬儀をだすなんて。

――俺たちもなんとかならないかと頑張ってはみたんですけど……力になれずに申し訳ありません。

――そんな、二人が謝ることなんてないよ。私が連絡なんかしちゃったから……。

――いやいや、それは仕方がないよ。病院では俺たちもああ言ったけど、やっぱり亡くなったとなると黙っているわけにはいかないと思うもんな。


 お義母さんがそういうのに、三人がそう返した。

 確かに、勤と哲哉は悪くないし、仁美の気持ちもわかるから、悪いとは思えない。


「悪いのはうちの親父だよ。普通に考えたってオレはもう家庭を持っているんだから、葬儀もなにもかも、親父が口を出すことじゃあないんだから」


 仁美は手伝いに呼ばれていると言っていた。できるなら行ってほしくない。


「あんな家に行かせるなんて……どうなるかわかっているから絶対に止めたい」


――それで、仁美はどうするの?

――うん、やっぱり行こうと思う。洋平のそばにいてあげたいから。

――そう? 楓はどうするの? 私も一緒にいこうか?

――楓ももちろん連れていくよ。楓にも最後まで洋平と一緒にいさせてあげたいもん。お母さんも来てくれると嬉しいけど、お父さんと一緒に告別式に来てくれればそれで十分だよ。

――俺たちも一緒に行くので心配しなくて大丈夫ですよ。ちょっと遠いけど地元ですし、すぐ駆けつけられますから。


 やっぱり行くのか……。

 気持ちは嬉しいけど……。

 仁美は大きなカバンに着替えや楓のおもちゃを詰め込んでいる。

 お通夜は明日で、あさってが告別式らしい。場所は実家だ。それを聞いただけで目眩がするようだ。

 嫌な記憶がよみがえってくる。


――重畠くんが車で送ってくれるっていうし、茂田井くんも一緒だからちょっと安心。

――電車じゃあ楓ちゃんがいると大変だもんな。それにあっちじゃあ、バスも途中までしか行かないしね。

――哲哉も俺も親族じゃあないから、夜通しはいられないけど、それでも近くにはいるし、なにかあれば連絡をくれればすぐ駆けつけられるから。


 二人が親身になってくれるのは、オレの家が変だとわかっているからだ。

 二人の実家はおじさんもおばさんも、考えかたが柔軟だ。うちのようにガチガチのおかしな価値観とは違う。

 昔は二人の家が……家族の中の良さや雰囲気が、羨ましくてたまらなかった。


「ごめんな、二人には本当に手間ばかりかけさせて……申し訳ないけど、仁美と楓を頼むよ」


 そのあとも三人が手続きを進めながら、あちこちに出かけていくのを見送った。

 留守番のお義母さんと一緒に、オレは楓のそばにいてやることにした。

 ときどき、楓の目線がオレに向いているような気がする。


「楓、オレがみえてる? いや……そんなわけがないか……」


 良く、子どもは不思議なものを見やすいとか聞くけれど、本当のところはどうなんだろう?

 見えていてくれたら嬉しいと思う反面、怖いと思わせたらかわいそうだから、見えないでほしいとも思う。

 お義母さんと一緒におもちゃで遊びながら笑う、独特な子どもの笑い声が胸に響く。

 ずっとこうして笑っているのを見ていたかった。

 これから幼稚園や学校へ通うようになり、様々な発表会があるだろう。

 親なら誰もが考えるであろう、いつか来る娘が結婚する日のことも、全部をオレは見られない。

 どうしてあの日、あの信号で、オレはいつものように後方にいなかったのか。

 後悔に涙がこぼれる。

 涙を拭いながら、ふと思った。


「そういえば……死んでも涙は流れるものなんだな」


 不思議なものだ。この心も思考も行為も行動も、全部が自分のものだというのに、生きていたときと同じだというのに、ただ、体が……実体だけがない。

 あの日、事故できっとほかにも亡くなった人がいるだろう。

 白の間では誰にも会わなかったけれど、ほかの人はどうしているんだろう?

 やっぱり乗者券をもらって旅にでているんだろうか。

 でもきっと、この状態でいることに、オレと同じような思いを抱いているに違いない。


「……明日のお通夜か。そういえば、オレの体はどうなっているんだろう」


 事故に遭っているんだから、無傷ということはないだろうけれど、できればあまり酷い状態であってほしくない。

 親父たちはともかく、仁美や楓にはそんな姿を覚えていてほしくないからだ。

 二人には、いつも一緒にいたオレの姿を覚えていてほしい。

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