第7話 俺の七日目

――七日目――


「いよいよ今日が最後か……通夜は結局どこでやるんだ?」


 午後になって真由美が出かけていくのに乗っていく。

 今日は朝から一日、真由美と一緒にいた。

 日があいたせいで真由美が今回のことをどう受け止めていて、この先、店をどうするつもりでいるのか、すっかり確認するのを忘れていた。

 できれば……できる範囲でいいから、店を続けてほしいとは思う。

 着いたのは車で三十分以上もかかる斎場だ。遠い気はするけれど、この辺りではそこを使う人が多い。

 葬儀会社の人と打ち合わせをしている真由美を眺めていた。

 俺も真由美も、もう親はいない。子どもにも恵まれず、ずっと二人でやってきた。

 俺のほうは親戚もつき合いがないものだから、真由美の親戚が新潟からわざわざ来てくれていた。

 ほかには、伊勢さんや長山さんの奥さんたち、向かいの和菓子屋の牧野まきのさんや、近所の八百屋の滝口たきぐちさんの奥さんも来てくれていた。

 開式が十八時からだったから、どうやら最後までいられそうだ。


「みなさん、本当にありがとう。面倒をかけちゃってすみませんね」


 俺はなるべく丁寧にお礼を言って回った。

 通夜がはじまると、やっぱりよっちゃんや工藤さんも来てくれていた。

 ありがたくて涙がにじむ。

 読経が始まってしばらくすると、染川さんの姿もみえた。


「染川さん……そうか。来てくれたのか」


 気持ちは変わったのか、そればかりが気になってソワソワしてしまう。

 時間が過ぎて真由美の挨拶が始まった。

 どうやら店は続けてくれるらしい。ホロホロと涙をこぼしながらも語り続ける真由美の姿に、胸がいっぱいになった。

 いい亭主だとは言えなかったかもしれない。それでも俺は、真由美とうまくやってこれたと思っている。

 閉式になり通夜振る舞いにみんな別室へ移動していく中、染川さんが帰ろうとしているのに気づき、急いで後を追って呼び止めた。


――オヤジさん……。


「どうだい? あれから。まだ気持ちは変わらないのか?」


――俺ね、近々、地元に帰るんだ。


 染川さんは地元の友人から突然連絡をもらい、農園の手伝いに誘われたそうだ。ほかにも何人か集まるらしく、行ってみることにしたという。


――このタイミングでそんな誘いがあるなんてさ、まだ生きろ、って言われているみたいな気がして。オヤジさんにも色々と聞かせてもらったし……。


「そうか。うん、そうだな。きっとそういう意味だ」


――あちこちつき合わせてもらって、俺、本当に楽しかったよ。オヤジさん、本当にありがとう。


「俺はなにもしちゃあいないよ。全部、染川さん自身の日ごろの行いが良かったからだ」


――おかみさん、お店を続けるんだね。もういけないのが残念かな。


「まあ、またこっちに遊びに来た時にでも寄ってやってくれよ」


 染川さんは明日さっそく地元へいったん戻り、友人たちと集まるそうだ。

 朝が早いから、もう帰るという。俺は改めて染川さんにお礼をいい、別れた。

 なんにせよ、気持ちは変わったようでホッとする。

 去っていく後ろ姿を見送ってから、俺はまた真由美のところへ戻った。


「店……続けてくれるんだな。ありがとうな」


 真由美には伝えていなかったけれど、俺のレシピを書いたノートが書棚の引き出しに入っている。

 片づけを始めれば、それに気づくだろう。

 それがあれば、真由美の調理の幅が広がるはずだ。

 店はきっと、うまくいく。


「もっと話したかったなぁ。あちこちに一緒にうまいもんを食べにも行きたかったよ」


 つい大きくため息をこぼしてしまう。

 弔問客に挨拶して回っていた真由美が、またキョロキョロと周りを見渡している。

 俺は思わず苦笑した。


「だから……なんでおまえは俺のため息にばっかり反応するんだって」


 真由美と一緒に弔問客に挨拶やお礼をしていると、あっという間に時間が経ってしまった。

 名残惜しくて仕方がない。

 これから一人になってしまう真由美を思うと、切なくて胸が痛む。

 子どもがいれば違ったんだろうけれど、こればかりはどうしようもない。


「真由美、とにかく体を大事にしろよ。無理だけはするな。今まで本当にありがとうな」


 俺はポケットから白の間のチケットを出した。

 チケットがなくなっていないということは、戻れるんだろう。

 俺はサキカワさんの名前を呼んでみた。

 鈴の音とともに現れたのは、サキカワさんではない。


「……あんた、誰?」

「コンシェルジュのと申します。それでは、三上さま、こちらへ……」


 モトガワラさんに促され、俺は部屋へと戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る