第8話 旅立ち ~三上 靖~

 戻った部屋は、真っ青な部屋だった。

 夕暮れ時のような深い青だ。


「ここは一体……」


 モトガワラさんも、サキカワさんのように笑顔のままだ。


「ここは『青の間』でございます。三上さま、七日間、お疲れさまでした。有意義なお時間を過ごせましたでしょうか?」


「青の間……? 白の間に戻れなかったということは、やっぱり俺は地獄行きなんですか?」


 モトガワラさんはクスリと笑った。


「それはこちらではわかりかねます。それがわかるのは、この先へもうしばらく進んでいただいてからのことになります」


「まだ先? この部屋の先は天国か地獄なんじゃ……」


「いいえ。わたくしの管轄は、この『青の間』だけですので、この先になにがあるのか把握はしておりませんが……」


 モトガワラさんの話しでは、まだこの先にいくつかの部屋があり、生まれ変わるための段階を踏んでいくそうだ。

 そういえば、なにかで聞いたことがある。

 人は死後、四十九日の段階を経て、最後に閻魔さまのお裁きをうける、と。

 俺は思わず身震いをした。

 四十九日ということは、あとまだ三十五日もあるじゃあないか。

 それまでの間に、一体なにがあるというんだろうか。


「やっぱりあれですか? 俺はしちゃあいけない行為をしたからですかね? 生まれ変わることができないんじゃ……」


「三上さま。三上さまは確かに、とり憑くという行為を何度も繰り返されました」


「……はい」


「ですが、悪意はないという認定はされております。ただ、憑いた方々への迷惑行為であったことは事実です」


 俺は平謝りに謝った。地獄へ行くかどうかはともかく、生まれ変われないとしたら困る。

 顔をお上げください、と言われておずおずとモトガワラさんをみた。変わらないにこやかな表情だ。


「確かにわずかなペナルティーはございます。しかし三上さまはそれを帳消しになさるほどの功績も挙げられていらっしゃる」


「……功績、ですか?」


「はい。一人のかたの命を救っていらっしゃいますので」


 染川さんのことか……!

 確かに死のうとするのはやめたようだけれど、それが俺の功績かというと首をひねるところだ。

 それでも、モトガワラさんはそう判定されたのだという。


「でも……それじゃあ、この部屋に連れてこられたのはなんでですかね?」


「この『青の間』は、旅立ちのときに強い後悔の念を持っているかたが訪れる部屋でございます」


 後悔――。

 確かに後悔は多々ある。

 予約の料理を作ることもできず、真由美を放って自分の旅に出てしまったことも、あの時は良かれと思ったけれど、今思うともっとそばにいてやるべきだった。

 子どものことも、できなかったのは仕方がないとしても、養子をもらうことだってできたかもしれない。

 親もいなくて親戚も少ないというのに、真由美を一人ぼっちにしてしまった。

 まだこんなにも、愛していて大切に思っているというのに、なにもしてやれていない。

 あれもしたかった、これもしたかったと、後悔ばかりだ。


「ですから、『白の間』のルートとは別のルートを歩んでいただきます。その中にはもちろん、先ほどのペナルティーも若干、含まれておりますので、道は険しくなるでしょう」


 その別ルートとやらで、ペナルティーとともに後悔も少しずつ解消していくらしい。

 解消方法は、モトガワラさんも把握していないという。


「そうですか……」


 少しばかり不安ではある。

 けれど、それは覚悟の上だ。もともと、地獄行きを想定していた。


「ルートは変わりますが、最終的にたどり着く場所は一カ所のみです。そこから先は、こちらでは全く把握できませんのでお答えはできかねますが……」


「いいえ、それは構いませんよ。多少、道が険しくなったところで、それも構いませんとも」


「では、三上さまには、あちらのドアからお進みいただきます」


 モトガワラさんの示す先に、金の取っ手がある。

 この先にすすみ、最終的にたどり着いた場所で、また生まれ変われることが決まったら、俺はきっと次も料理人になろうと決めた。

 またうまいものを作って、たくさんの人を喜ばせたい。

 それに、うまいものを作っていたら、きっと真由美が俺をみつけてくれるような気がする。


(あいつもなかなか、うまいもん好きだからな……)


 サキカワさんと同じように出発のベルのごとく、ガラス細工の呼び鈴を鳴らしたモトガワラさんが俺に向かって深く頭をさげた。


「それでは三上さま、いってらっしゃいませ」

「モトガワラさん、ありがとう。サキカワさんにも会うことがあったら、よろしく伝えてください」


 振り返った俺に、モトガワラさんはニッコリとほほ笑んでうなずいてくれた。

 取っ手を掴んで扉を押し開くと、俺の体はまぶしい光に包まれた。


三上 靖みかみ やすし 45歳 男 個人食堂経営 青の間より旅立ち】

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