第2話 私の二日目

――二日目――


 昨夜はサキカワさんを呼んで、無事に家族と合流できた。

 まさか自分の体を目的地にすればいいとは思いもしなかった。

 病院は遠くて、自宅から二時間もかかった。

 あの事故のときは、あてどなく車を流していたから仕方ないんだろうけれど……。

 正樹に対して苛立ちがつのった。


 今、私の両親が来てくれて、自宅に戻っている。

 昨夜、遅かったせいもあって、子どもたちはまだ寝ているようだ。

 病院に着いたとき、まるで私が来たのを見計らったかのように、正樹も亡くなった。


「もしかすると……正樹も白の間からここへ来るかも……」


 両親はたどたどしいながらも、私と正樹の会社や知人などへ連絡をしてくれている。

 正樹の両親は、父親は正樹がまだ小さいころに亡くなっていて、母親は三年前に病気で他界している。

 まだ子どもたちでは、こんなときの対応はできない。


「お父さん、お母さん、ごめんね。二人にこんな面倒をかけてしまって……本当にごめんなさい」


 憔悴している母の背中を撫でようとすると、触れることもできずに体をすり抜けてしまった。

 ああ、やっぱり私は死んでしまったんだな。

 昨夜は病院で、葬儀会社に連絡を取り、これから打ち合わせがあるのも知っている。

 正樹まで亡くなったことで、二人の葬儀は一緒にするらしい。


「そうよね……別々の日にしたら、短いあいだに二度も葬儀を出すことになるんだもんね……」


 大人でも、そんなことになったらきっと辛い。

 なのに子どもたちに、そんな思いをさせるのは……。

 まだ連絡の終わらない両親を居間に残し、私は子どもたちの部屋へ向かった。

 長女の流歌るかと次女の流里るりの部屋へ入る。

 二人とも、まだぐっすりと眠っていた。


「二人ともごめんね。お母さん、こんなに早く死んじゃって……」


 寝顔を見ていると泣けてくる。

 正樹との口論をみせたくなくて、二人で家を出てしまったけれど、どうして日を改めることができなかったんだろう。

 二人の部屋を出て、今度は長男の輝樹てるきの部屋へ入った。


「輝樹……起きていたの?」


 輝樹は机に座り、なにかやっている。

 見ればどうやら宿題をしているようだ。

 普段は自分から宿題をすることがなく、私はいつも怒っていた。

 今思うと、もっと違う接し方があったんじゃあないかとも思う。

 グスグスと鼻をすする音が聞こえ、泣いているんだとわかった。きっと、なにかしていないといられないんだろう。


「輝樹……ごめんね……お母さんもお父さんも、本当に馬鹿よね……あんたたちを残して……」


 抱きしめてやりたいのに、それさえもできない。

 玄関の呼び鈴が鳴った。

 きっと葬儀会社の人だ。

 私は輝樹の部屋を出て、また居間に降りた。


――……です。あまりこういった例はないのですが、同時の葬儀は可能ですので、ご安心ください。

――そうですか……子どもたちの負担になるのも難儀なので、助かります。


 やっぱり正樹の葬儀と一緒か。

 複雑な気持ちになる。


「千冬……」


 名前を呼ばれてハッと顔を上げると、葬儀会社の人と一緒に正樹がいた。


「正樹……あんたここへなにしに来たのよ?」

「なにしに……って、なんだよ?」

「あんたは、あの女のところにでも行けばいいじゃない!」

「だからっ……! あの子とはなんの関わりもないと……!」


 また言い争いになりそうになったとき、居間のドアが開いて流歌が入ってきた。

 見えやしないとわかっていても、私も正樹も娘の前で言い合いをするのはやっぱりはばかられ、私たちは玄関へ移動した。


「こんなことになって……よくもここへ顔を出せたものね」

「そんな言いかたはないだろう? 俺だって子どもたちのことが心配なんだ」

「へえ。心配なのは、あの女のことだけなんじゃあないの?」

「だからあの子とはなにもないっていっているだろ! なんで信じないんだよ!」

「私はね! あの女に散々いやがらせをされているのよ? なにもなくて、あんなにいろいろとされるワケがないじゃない!」


 正樹は大きくため息をついた。

 ため息をつきたいのは私のほうこそなのに。

 腹立たしくてしかたない。


「とにかく、子どもたちには私がついているわ。あんたは他所よそに行きなさいよ!」

「そんなわけにいくか! 俺だって子どもたちについていたいんだ!」

「だったら私が出ていくわよ! あんたと顔を合わせているなんてまっぴらだわ!」

「どこに行くんだよ!」

「どこだっていいでしょ! 子どもたちのところには、一日ずつ、交代で来ましょう。今日はあんたに譲るわ。明日は私。そのあいだはどこにでも行っててちょうだいよね」


 私は正樹の返事を待たずに家を出た。

 その足で実家への者両を探す。

 実家はここから二駅隣だ。なにかあったときのために、あまり遠くないところへ住むことにした。

 者両に乗って移動しながら、私は葬儀のことをなにも聞いていないことを思い出した。


 夜も遅くなってから、実家に父だけが戻ってきた。

 帰ってすぐに、親戚のところへ電話をかけ始めた。


――うん。そうなんだよ。急だろう? うん。一応な、通夜はあさってになったよ。告別式はその次の日だ。


 そう……お通夜と告別式の日程が決まったの……。

 お通夜の日は、順番で行くと正樹が子どもたちと一緒にいる番だ。

 私は会場の隅にでもいればいいか。告別式のときは、逆に正樹が隅にでもいればいい。

 とにかく今は、顔を合わせたくなかった。

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