第3話 私の三日目
――三日目――
朝になり、私はまた家へ戻ってきた。
玄関を通り抜け、こっそり周囲をうかがう。
正樹の姿はなく、ホッとして居間へ入った。
キッチンで、母が朝食を作っている。子どもたちはまだそれぞれの部屋にいるようだ。
時計を見ると、七時を過ぎている。
学校は、落ち着くまで少しのあいだ、休むんだろう。
「ショックなんだろうけど……生活が乱れるのはあまり感心しないわね……」
といっても、無理はさせたくない。
これから先、いろいろと環境や状況が変わってしまうのだから。
思うたび、やるせない気持ちと一緒に沸き立つのはやっぱり怒りの感情だ。
――おばあちゃん、おはよう。
流歌が起きて居間へ降りてきた。
――あら、おはよう。もう少し寝ていても良かったのよ。
――うん……でも私、学校を休んでいるぶん、ちょっとは勉強しなきゃいけないから。
――そういえば流歌は来年、受験生になるんだったねぇ。
そうだ。
流歌は来年、中学三年生で高校受験がある。
行きたい学校はいくつかあるようだけれど、まだ決めかねているようだった。
今年はあちこちの学園祭を見学して、決めるつもりだと言っていた。
どこに決めるのか、私は知ることもできない。
一番、頑張らなければいけない時期を、応援してあげることも……。
幸い、私も正樹もそれなりの生命保険に入っている。
金銭面で子どもたちや両親に心配をかけることはないと思うけれど、それだけが充実していれば良いというものではないだろう。
プルプルと家電が鳴った。
「電話――」
母が出る。
――もしもし。金田でございます。……もしもし?
母は、変ね、切れちゃったわ。といった。
こんな朝から、急用じゃあないのかしらといって首をかしげている。
「……きっとあの女ね。こんなことになっても、まだ掛けてくるなんて!」
流歌が母と朝食を食べ始めると、流里も輝樹も起きてきて、食卓が少しだけにぎやかになる。
穏やかな時間だ。
私もこの中にいたかったのに……。
ほろりと涙がこぼれる。あわててハンカチを出して拭ってから、誰にも見えていないことを思い出した。
それに――。
実体がない私が流した涙は、現実にはどうなるんだろう。
今、ハンカチで拭ったけれど、ハンカチに濡れた感覚はないように思う。
自分の存在が不思議に思えた。
食事が済むと、子どもたちはそれぞれに部屋へ戻っていき、母は掃除や洗濯を始めた。
私はすることもなく、ウロウロと子どもたちの部屋に入っては、その行動を見つめていた。
学校を休んで持て余しているのか、本を読んだり昼寝をしたり、退屈そうにも見える。
「もう。教科書を読むとか、予習をしておくとか、やることはあるでしょうに」
つい、生きているときと同じように小言がこぼれて苦笑した。
様子を見ていると、うるさいことをいう私がいなくなって、羽を伸ばしているんじゃあないかと思ってしまう。
心の中は目に見えないから、よくわからなくて不安になる。
正樹のこともそうだ。
話し合おうといいながら、現実を突きつけられるかもしれないことが怖くて、全部を否定して聞く耳を持たなかった。
正樹の胸の内は、言葉で聞かなければわかりようも知りようもないのに。
信じることができなかった。
「けど……しょうがないじゃない。信じられなくて当り前よ」
今、正樹はなにをしているんだろうか。
本当に、あの女のところに行っているんだろうか。
ジワジワと広がる嫌な思いが、私を苛んだ。
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