三上 靖
第1話 俺の一日目
【
――ああ……そうか。
――俺は死んでしまったのか。
俺は卵型のソファーから飛び起きた。
手にしたチケットを眺める。
〇〇〇〇年 〇月 ×日 二十一時二十一分 ~
〇〇〇〇年 〇月 □日 二十一時二十一分 迄
「うわうわうわうわ……ヤバいぞ……マズイ……」
〇月□日の翌日には、珍しく予約が入っていたはずだ!
「ああ~……でもなぁ……死んじゃったんじゃあしょうがないのか……」
大げさに肩で大きくため息をつくのは、もうクセだ。
貧乏神が寄ってくるから、そんなため息をつくのはやめてと、いつも妻の
客商売なんだから、もっと明るく振舞いなさいよ、と。
「ちぇっ……そんなことを言ったってさ。俺だってわざとやっているわけじゃあないのに」
なんだってこんなときに、俺は死んでしまったんだか。
あの交差点で、まさかあんな事故があるなんて思いもしなかった。
しかも巻き込まれるなんて。
「あの車……あんなにスピードを出してたけど、なにを考えていやがったんだ」
運転手が恨めしい。
突っ込まれた車の一台に
周りの悲鳴やらざわめきやらが聞こえてきて、大勢の足がみえたのも覚えている。
誰かが大声でなにか言いながら俺の肩をたたいていたけれど、身動き一つ取れなかったし、声も出せなかった。
しばらくして救急車のサイレンが聞こえてきたけれど、覚えているのはそこまでだ。
「そのときに死んだんだろうか? それともそのあとか?」
はぁ~っとまた大きくため息をつく。
思いだせないということは、そのまま死んでしまったんだろう。
さて……これからどうしようか。
そういえば、通夜や葬儀に参列するもよし、って言っていたな。
「俺の葬儀かぁ……どうなっているのか知るには、家に帰るしかないんだろうな」
真っ白な部屋の中をぐるりと見渡すと、壁に銀色の取っ手がみえた。
「あそこから出るのか。よっこらせ……っと」
俺は卵型のソファから重い腰をあげてドアを押し開いた。
「三上さま。お出かけになりますか?」
「ん? あんた誰?」
「コンシェルジュのサキカワと申します」
さっきの説明の中で、コンシェルジュが案内をするとか言っていたな。この人がそうか。
「では、まずチケットのご利用方法をお伝えいたしましょう」
サキカワさんは出かける際の注意点などをわかりやすく丁寧に説明してくれた。
俺はそんなに頭の良いほうじゃあないけれど、注意点ややってはいけないことなど、するすると頭に入ってくる。
別に誰かを恨んだり、復讐しようなどと思ってもいないから、普通に過ごしていたら大変なこととやらにはならないだろう。
ただ、一つ気になることがある。
「ところで……例えばですけど、妻に乗者したとしてですね、俺が行ったことのないところへ妻が行ってしまった場合は、どうなるんですか?」
行ったことのあるところにしか行けないのであれば、そんな状況になることもあるんじゃないか?
ふと、そう思ったから思い切って聞いてみた。
「その場合ですが……病院や葬儀場などは特例としてそのまま乗者が可能ですが、そうでない場合は、強制的に下者させられてしまいます」
「えっ? 一緒には行けないっていうことですか?」
「はい。大変申し訳ございませんが、規則ですので……」
「そうですか。いや、よほどのことじゃあなければ、下者させられても問題はないと思うんですけどね、急にそんな状況になったら困るかと思って聞いてみただけです」
「さようでございますか。万が一にもそのような状況になってしまったときには、速やかに乗り換えをなさってください。仮に者両が現れなかった場合には、わたくしの名前をお呼びください。早急に対応させていただきます」
「わかりました」
まあ、まずは家だ。
帰って真由美がどうしているか様子をみないといけない。
店の予約のことも、俺の葬式のことも。
「あ~……気が重いったらないな……」
絶え間なくこぼれる大きなため息に、サキカワさんがクスリと笑い、深く頭をさげて出発のベルのごとく、ガラス細工の呼び鈴を鳴らした。
「それでは三上さま、いってらっしゃいませ」
いくつか現れた青い者両の頭の上に表示されている数字をみた。
やけに数字が小さい。ほとんどが三十分以内だ。それでも俺は、とりあえず一番小さい数字の者両に乗った。
者両が進みだすと、サキカワさんの姿がみえなくなり、周囲の景色があの事故現場の近くに変わった。
「ここからスタートなのか。なんだ、どうりで数字が小さいと思った。ここからなら、うちまですぐだ」
者両と一緒に商店街を歩き、鼻歌まじりに自宅の前までくると、俺は者両を降りて中に入った。
「おーい、真由美。帰ったぞ」
返事はない。
「……そりゃあそうか。聞こえるわけがないもんな」
自宅兼食堂の中はがらんとしていて、真由美はどこにもいない。
きっとまだ病院か。
住居になっている二階へ上がり、することもないからゴロリと横になって妻が帰ってくるのを待った。
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