川原 茉莉萌

第1話 アタシの一日目

川原 茉莉萌かわはら まりも 27歳 女 契約社員】


――えっ! ちょっと待って!

――ウソでしょ!? アタシ死んじゃったの!?


 卵型のソファーから飛び起きたアタシは、壁についた銀色のプレートを両手で勢いよく押した。

 バーンと大きな音がして、アタシは部屋からでた。


「川原さま。お出かけになりますか?」


 ドアの横に真っ白い男が立っていた。

 髪も服も白い。

 なによ? コイツ――。


「って……ヤダ、良く見たら!」


「コンシェルジュのと申します」


「あ、そういえばさっき放送で、コンシェルジュがどうとか言ってたわね」


 サキカワは笑った顔でアタシをみている。


「で? なに?」


 アタシがそう聞くと、サキカワは出かけるときの注意点とやらの説明を始めた。


「お手もとのチケットは、そのままポケットやカバンなどにしまったままでご利用できます」


「チケットってなによ?」


 ハッと手もとをみると、いつの間にかハガキのようなカードを持っていた。


 〇〇〇〇年 〇月 ×日 二十時四十八分 ~

 〇〇〇〇年 〇月 □日 二十時四十八分 迄


「チケット下の日付が期限となります」


 サキカワはその期間のあいだなら、行きたいところに行けるといった。


「ホントに!? どこにでも行っていいの!?」


「はい。ですが、行かれる場所は、一度でも行ったことがある場所に限られます」


「ハア? 行ったことがある場所だけ? そんなの、なんの意味もないじゃないの!」


 アタシが抗議しても、サキカワは「規則ですので」としか言わない!

 青い者両しか乗っちゃダメとか赤と黄色は避けろとか、もうワケわかんないわよ!

 それに、とり憑いたら「大変なことになる」って、大変なことってなんだっていうの!


「行き先を思い浮かべていただけますと、そこへ向かう者両しゃりょうが現れますので、そちらをご利用ください」


 くれぐれも、赤や黄色の者両には乗らないように、という。

 よくわかんないけど、とにかくすぐに出かけなきゃ!


 行き先は、カレのところに決まってる。

 決まってるけど……どこにいけば会えるのよ?


「サキカワ! どこに行けばカレに会えるのよ!」


「どこに……と申されますと……?」


 アタシはとぼけた答えを返してきたサキカワに苛立って怒鳴った。


「だから! カレに会いに行くのよ! 行き先ってどうしたらいいのかって聞いてるの!」


「それでしたら、まずはカレシさまのご自宅へ向かわれてみては、いかがでしょう?」


「自宅なんて知らないわよ!」


 キーッと地団駄を踏んだ。

 サキカワは相変わらず薄笑いを浮かべたまま、直立している。

 その表情が、さらにフッと緩んだ。


 コイツ、ホントにだわ……。

 サキカワがなにか言いたげな顔をしているのをみて、なぜか、ハッとカレの職場が思い浮かんだ。


「思いついた! ああ、あれが者両ってヤツね」


 アタシは一番手近なヤツに飛び乗り、白の間を離れた。

 遠ざかる中、サキカワが「くれぐれも注意点はお守りいただけますよう……」とかなんとか言っているのが聞こえた。

 注意点?


(ああ、そういえば最初になんかゴチャゴチャ言ってたわね)


 確か……邪な行為がどうとか、危害を加えたらイケナイとかなんとか?

 アタシは思わず笑ってしまった。

 危害なんて加えるワケないじゃないのよ。ねえ?


 移動をしながら、少しずつカレの職場に近づいているのがわかる。

 ソワソワしながら、髪が乱れていないか、服装は変じゃないか、確認しようとガラスをみた。


「ハア? 映ってないし! これじゃあ自分の姿がわかんないじゃない! ちょっと……サキカワ! サキカワ!」


 アタシが呼ぶと、サキカワはすぐに姿をみせた。

 涼しい顔で「いかがなさいましたか?」と聞いてくる。

 なんとなく、アタシに仕える執事のような気持になってきた。


「ガラスに姿が映らないんだけど!」


「ああ……なるほど」


「なるほど、じゃないわよ! これじゃあ髪や服が乱れても、チェックもできないじゃないの!」


「ご心配には及びません。お手持ちの手鏡を覗いていただければ、お姿の確認ができるようになっております」


「手鏡?」


 手もとをみると、いつの間にか自分のバックを持っている。

 中を確認してみると、今日に限って鏡が入っていない。


「ない……入ってないじゃない!」


「それは私どもにはなんとも……どうしても気になるようでしたら、ご自宅に戻ってお持ちになるのがよろしいかと存じます」


 うーっと頭を掻きむしりたくなるほどイライラするけれど、そんなことをしたら、本当に髪がぼさぼさになってしまう。

 仕方なく、アタシは急遽、自宅に戻ることにした。


「川原さま、行ってらっしゃいませ」


 サキカワはうやうやしく頭をさげる。

 その姿をみて、アタシは少しだけ気分が良くなった。


 最寄り駅につくと、アタシは者両を飛び降りて家まで走った。

 古びた木造のアパートだ。

 本当は、オシャレなマンション……アパートでも、新しくてオートロックがついている物件が良かったのに。

 部屋の鍵を開けようとして、手がドアをすり抜けた。


「ヤダ! うっそ!!! アタシ通り抜けができるんだ……」


 これは……なにかと便利だわね。

 ドアを通り抜けて部屋のスタンドミラーを使い、身支度を奇麗に整えた。

 棚の上にあった手鏡をカバンにしまうと、改めてカレの職場に出かけた。

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