第2話 アタシの二日目

――二日目――


「あー! もう! どうなってんのよ!」


 結局、カレの職場に行ってみたものの、ちょうど昨日から出張で出社してこなかった。

 出張が終わって戻ってくるのは、あさってらしいと、カレの職場のホワイトボードに書かれた予定表をみて確認した。


「今日と明日、どうすりゃあいいのよ……」


 アタシは何度も舌打ちしながら、ベッドに寝転がった。

 ふと、事故のときを思い出した。

 確か後ろの車がすごい勢いで突っ込んできて……そしてアタシの運転していた車は、信じられない勢いで歩道に乗り上げたんだ。

 一瞬の出来事だったけれど、アタシは跳ね飛ばす人たちの顔をみた。


「ビックリしてたな。みんな」


 そりゃあ、そうだろう。

 アタシだってビックリしたもの。

 そのままビルの壁に突っ込んで……。


「で、気づいたら真っ白な部屋にいましたとさ?」


 なんでアタシが死ななきゃいけなかったの?

 事故はアタシのせいじゃないのに。

 っていうか……普段は車なんて乗らないのに、なんで車なんか運転していた……?


「そうだ……あの日は……」


 カレ……酒井 輝さかい ひかるとどうしても話をしなきゃいけなかったんだ。

 最近、ずっとアタシから逃げ回ってばかりで、メッセージも既読無視されていたんだから!

 電話も出ない、家に行っても留守だと思ったら、引っ越ししていて。


 二股をかけられていたらしいのは気づいていたけど、黙ったままフェードアウトなんて許さない!

 そう思って、輝の職場の前で待ち、あとをつけたんだった。

 知らない道を、車を走らせているから、見つからないようにするだけじゃなく、見失わないようにするのが精いっぱいだった。


 アタシはまた舌打ちを繰り返した。

 許せない。

 死んだって許せない。

 別れたいなら、ハッキリとそういえばいいのに、周りにコソコソと嘘を振りまいた。


「アタシがストーカーしてるだなんて……」


 共通の仲間にまでそんな話をされて、アタシは少しずつ追い詰められていったんだ。

 なにかの集まりのとき、輝は来ていなくて、参加していたアタシに詰め寄ってきたのは、庄野 光里しょうの みつりだった。


茉莉萌まりも。アンタ輝のことつけ回してるんだって? 輝、困ってたよ?』


『つけ……って、なによそれ! 誰がそんなコトを言っているのよ!』


『誰、ってか、みんなだよ。輝の彼女も困ってるって聞いたよ?』


 まるで身に覚えのないアタシは呆然とするしかなかった。

 光里は水を得た魚のように、偉そうに男女のつき合いかただのなんだのと、あれこれ能書きを垂れる。

 そして、こういった。


『フラれた腹いせに嫌がらせ? そういうの、やめたらどうなの? みっともないと思わないの?』


 アタシを見下すように、上から目線でぶっ刺してきたセリフに、アタシはキレた。


『はあ!? アンタなんか、輝に言い寄っても相手にもされなかったクセに、偉そうに言うんじゃないわよ!』


 光里が輝に言い寄っていたのは、アタシも輝から直接聞いて知っていた。

 光里はフラれたのを隠したかったようで、言い返したアタシの言葉に怒り狂った。


 お互いをののしり合い、さげすみ合い、そして最後は取っ組み合いのケンカに。

 髪を引っ張り引っ張られ、周りが止めるのを振り払ったアタシは、光里のアゴにグーパンを一発、見舞ってやった。


『茉莉萌! さすがにグーはやりすぎだぞ!』


 周りのみんなが光里を庇い、光里は泣いたふりでうつむいている。

 でも、アタシは見ていた。

 光里の口角が上がっているのを。


『クソが! ストーカーなんて腐ったマネ、アタシがするはずないでしょ!』


 それ以上、そこにいる必要はなかった。

 帰り道、怨嗟えんさのようにクソを連発しながら歩いた。

 光里が言っていた言葉が不意によみがえる。


『彼女も困ってるって聞いたよ?』


 輝に彼女なんていつのまに。

 それこそ四六時中、ほとんど一緒にいたつもりでいたのに。


 毎週のように会って、映画を観たり水族館に行ったり、二人で競馬場にも行ったっけ。

 レストランやカフェみたいなオシャレな店だけじゃなく、ファーストフードやラーメンも食べに行った。

 週の半分は、輝の家で過ごしていたはずなのに!


 そう思って、ハッと気づく。

 残りの半分……そこにほかの女がいたっていうこと?


 そうだとしても、そうじゃなくても、とにかく全部、ちゃんと輝の口から聞かないとダメなんだから!

 これまでのコトをいろいろと思い出す。


『ごめん、茉莉萌! 手持ちがなくてさ、建て替えておいて!』


 甘えられているようで、嬉しかった。


『あのさ……ちょっと今月ピンチで……ちょっとだけ、借りれない?』


 頼られているみたいで、嬉しかった。

 そんなのが、チリツモになっている。


 ……………………。


「あンの……クソがぁっ!!! そうよ、いくらよ? 全部でいくらになってるってのよ?」


 今度こそ、アタシは頭を掻きむしった。


『ごめんね、もう少ししたら、ちゃんと返すからさ』


 柔らかい口調でそう言ったけど、返してもらってないから!

 別れる別れないとか、それだけじゃなくて、全部ちゃんとしろよ!!!

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