第3話 アタシの三日目

――三日目――


 今のアタシの姿は、輝には見えるんだろうか?

 見えないとしてもキレイにしておきたかったのは、アタシの見栄だ。


 アタシはさっきもサキカワを呼んで、着替えの方法を教わった。

 思ったより簡単だけれど、手持ちの服じゃないとダメだというのはムカついた。

 とびっきり高いブランドの服とか、ウエディングドレスとか、着てみたかったのに。


 鏡の前で、ファッションショーよろしくポーズをとっては着替えをしていると、ガチャガチャと鍵の開く音がした。

 慌てて玄関へと走る。


「おっ……お母さん!?」


 不動産屋の営業さんらしき人と、母が一緒に入ってきた。

 母の大きな声が部屋中に響くようだ。


――まったく、あの子ったら……急に事故に遭ったなんて連絡がきて……もうてんやわんやよ~。


――そうでしたか、あの交差点の事故ですよね?


――あら? お兄さんもニュースでみた?


――ええ、本社が現場から近くて。


 遠慮もへったくれもなく、二人して部屋に入ってきた。


「ちょっと! なんなの? お母さん! なんでここに……ちょっと! サキカワ! サキカワ!」


 またも、アタシはサキカワを呼んで、この状況をなんとかするように言いつけた。


「そう仰られましても……私どもには現実の世界のことはなんとも……」


「なんとかして追い出してよっ!!!」


「亡くなられたかたの……この場合は川原さまになりますが、残されたご家族が生前の片づけなどをされるのは、当然のことでございますので」


「だって……このままじゃ、アタシ着替えもできなくなっちゃうじゃない!」


「大変申し訳ございませんが、規則ですので」


「んああっ!!! もう! じゃあいいわよ!!!」


 サキカワはまた恭しく頭をさげて消えた。

 役に立たない規則ばかりに、腹が立って仕方がない。


 追い出そうと試みても、営業マンと母の体をすり抜けるだけで、なにもできなかった。

 幸いだったのは、急だったせいでなにも準備がされていないらしく、今日、片付ける訳じゃあなかったことだ。


「も~! ほんっと、脅かさないでよね!」


 どうやらあと四日間は、余裕でここで過ごせそうだ。

 とはいえ、そんなにいないかも?

 首尾よく輝と会ったら、そっちに行かなければ。


 そういえば白の間を出るとき、行ったことがある場所にしかいけないと聞いた気がする。

 輝の引っ越し先は、当然ながら行ったことがない。

 職場のほうは、輝が一人で休日出勤だった日に、コッソリ連れていってもらったことがあったから、入れたけれど……。


「しょうがない、サキカワに聞くしかないわね」


 答えは聞くまでもなくわかっていたけれど、あえて呼んだ。


「……その場合ですと、行ったことのない場所の手前で、弾かれます。乗者中じょうしゃちゅうであれば強制的に下者げしゃされます」


「――やっぱり。で? それも規則だから変えられない、ってワケね?」


「その通りでございます」


 思った通りとはいえ、ホントに使えるんだか使えないんだか、わからないルールだわ。

 こっちは死んじゃってるんだから、ボーナス的に行かれないところへこそ、行かれるべきなんじゃないの?


 そう訴えてみても、サキカワは笑顔のままで規則だからとしかいわない。

 バカの一つ覚えじゃあないんだから、もっと気の利いた返しをしろって思う。

 アタシは大きくため息をついた。


「どうせ明日までは動きようがないし……もう帰っていいわよ」


 追い払うよに手を振り、サキカワを返すと、アタシはもう一度、鏡の前に立ち、自分の身だしなみを整えた。

 絶対に、彼女とやらより「いい女」だと思わせたい。


 二股野郎のロクデナシだったけれど、結局、単純に好きだったし、一緒にいて楽しかった。

 あんなふうに変な濡れ衣を着せられたまま、成仏なんかできっこないんだから。


「そうだ……さっき、不動産屋があの事故をニュースでみたとかなんとかいってたわね」


 仲間内のみんなもみたんだろうか?

 輝も?


 急に気になったアタシは、光里のところへ行ってみることにした。

 着くころには、きっと光里の仕事が終わるころだ。


 光里は輝の会社の近くにあるレストランで働いている。

 本当は系列の別店舗にいた癖に、輝目当てで移動したんだ。


 アタシが店につくと、思った通り光里は仕事を上がったようだった。

 従業員用の出口の辺りで、誰かと立ち話をしているようで、アタシはみえもしないのに忍び足で近づいた。


――で、どのようなかただったんですか?


――ええ、そりゃあもう、乱暴な人でしたよ。私も殴られたことがあるくらいですから。


――殴られた?


――そうなんですよ。ストーカーなんてやめろ、って言ったらグーで殴られたんです。


――それは酷いですね。


――でしょう? それに思い込みも激しくて……妄想癖もうそうへきがあるっていうか……すぐ嘘もつくし。虚言癖きょげんへきもあったんでしょうね。


 みれば光里といるのは、レポーターのようで、大きなカメラを担いだ人までいる。


「ちょっと……なにやってんのよ! やめなさいよ! アタシはストーカーなんてしてないし、殴ったのだって、光里! アンタがクソだからじゃないの!」


 やめさせようと、あいだに入って光里を突き飛ばそうとしても、通り抜けるだけでなにもできない。

 これは、なにか事件が起こったときにテレビで良く見る、近所の人や友人に話を聞くアレじゃないの?


「……冗談じゃないわよ! ないことばかり言われて……こんなのがテレビで流れたら……」


 予想通り、翌日のネット記事では、アタシの過去が晒されることになった。

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