第5話 ボクの五日目

――五日目――


 夕べは母親だけでなく、父親も妹も弟も、叔父さんたちまでも交代でボクに付き添ってくれていた。

 ありがたくて涙がにじんだ。実体がなくても涙は出るものなんだな……。

 朝になるとほかの親戚たちも集まり、告別式に向けてバタバタと慌ただしくしていた。


「さすがに親戚が集まると壮観だな……イトコたちなんて、会うの何年ぶりだろう」


 イトコたちもほとんどが結婚していて、旦那さんや奥さんにその子どもたちと賑やかだ。

 そう広くはない会場の半分は占めている気がする。

 イトコたちとは昔はお正月など親戚が集まる機会に遊んだりしたけれど、その子どもたちには数回程度しか会っていない。

 良く知りもしないオジサンのお葬式など興味はないだろうに、式が始まるときちんと椅子に腰かけて大人しくしている。不思議だ。


 今日は昨日と違って、高校のころの同級生や会社の人たちが訪れてくれていた。

 誰も来ないんじゃあないかと不安だったけれど、ホッとする。

 読経が始まると、お通夜のときもそうだったけれど、変な心地よさに包まれた。

 祖父母のときや親戚のお葬式に参列したときは、ただただ眠くなるばかりで、読経になんの意味があるのかと疑問に思っていたけれど、こちら側になって初めて、意味のあるものなんだと実感する。

 会場の一番後ろの空いた席に座っていた。

 お焼香が始まり、席を立って進んでいく列に、見覚えのある姿がいくつかあった。

 ナンノくんたちの姿もみえる。


「本当に今日も来てくれたんだ」


 ライブで初めて知り合ったときのことを思い出す。ナンノくんがいてくれたおかげで、キタくんやニッシーくんたちとも親しくなれたんだっけ。


「もっとみんなと一緒にライラックを応援したかったな……」


 地下アイドルとはいえ、ライラックドリームは人気が高い。ライブの盛り上がりは、なかなか壮観だ。

 今度のライブではラストが楽しみだった。

 ボクにはもうできないけれど……。

 感傷に浸っている間に、いつの間にかお焼香が終わり、花入れの時間になっていた。

 急いで棺の横に立ち、参列してくれた人たちに感謝を込めてお辞儀をした。

 ナンノくん、キタくん、ニッシーくん、ユキオくん、山辺やまべさんが棺を囲むように並び、花と一緒になにか入れてくれている。


――アラちゃん、絵師さんに描いてもらったりのりんの似顔絵、おばさんに許可をいただいたから入れていくね。


 ボクの顔に近づいたキタくんが、そういったのが聞こえた。

 ほかの参列者に気を遣ったのか、色紙に描かれた似顔絵は裏返しになっていて見えない。


「うわあ! マジか! めっちゃ嬉しい! なのにどんな絵なのかみえないー!」


 なんとかめくれないものかと、手を出してみるも、空をかいて手にすることができない。


「ちょっと! 待って! 表にしていってよ~!」


 半泣きになりながら訴えても誰にも届かないのが悲しい。

 棺にもたれて息を吹いてみても、手で扇いでみても、びくともしない。

 不意に茜がボクの向かいに立った。色紙が入れられているのが気になったのか、裏返った色紙を表に返していく。


「でかした! 茜!」


 茜の隣に身を寄せて似顔絵を見る。

 うう……やっぱり可愛い……りのりん……。

 隣で茜がつぶやいた。


――キッモ。


 やかましいわ。ボクの女神だ。文句あるか。

 ずっと見ていたいけれど、時間は容赦なく過ぎていき、棺の蓋が閉じられた。

 母親や親戚のすすり泣きが聞こえて胸が痛む。

 いよいよ出棺だ。ボクは悩みながらもまた叔父さんに乗者した。車に乗り込む前に周囲をみたけれど、ナンノくんたちの姿が見えない。

 もう火葬場へ移動したのだろうか?


 車が走り出し、葬儀場の門を出た。

 門の横に、喪服姿の人たちが道に沿って並んでいるのがみえる。

 叔父が窓を開けて彼らをみた。ボクもつられて目で追った。


――なんだ? 瞬の友だちじゃあないか。


「え……? あれ? ナンノくんたち……」


――アラちゃん! 今までありがとう!


 並んでいるのは十五人で、ナンノくんをはじめみんなライブ仲間だ。

 手にはりのりんのメンバーカラーであるグリーンのサイリウムを持っている。

 彼らはライラックの代表曲『スターライト・メロディ』のサビを歌いながらオタ芸を打ち、最後に通りすぎていく棺を乗せた車に敬礼をした。


「なにやっているんだよ、みんな……そんな良い格好してるのに……みんな見ているのに……バカだなぁ……」


 そう言いながらも、ボクは感動と感激で、あふれる涙が止まらなかった。


――なんだ? ありゃあ? 瞬の友だちは一体どんな友だちなんだ?


 叔父さんは呆気にとられた様子で小さくなっていく彼らを眺めている。


「みんな、いい奴らなんだよ。周りにはバカにされることが多いけど、ホントにいい奴らなんだ」


 結局ボクは火葬場に着くまで涙が止まらないままだった。

 そんなボクを乗せたまま、叔父さんと叔母さんは先に着いた母親たちのところへ向かった。

 塵一つ落ちていなさそうな奇麗なホールから奥へ入る。

 まるでエレベーターのようなドアがいくつか並び、その一つの前に棺が置かれている。

 係の人の説明を聞きながら、みんなが棺を囲んでいるのを、ボクは少し離れた場所からみていた。


「いよいよ体ともお別れか……」


 最後の最後まで実感がわかない。

 もう一度、顔の部分の蓋が開けられ、母親がボクの名前を何度も呼んだ。

 その姿にまた泣けてくる。

 棺がドアの向こうに納められ、みんな控室へと移動していく。

 玄関先で、ナンノくんたちが母親のところへ挨拶にきた。


――今日は無理を聞いていただいてありがとうございました。

――いいえ、こちらこそ遠いところまで本当にありがとうございました。


 みんなここまでで帰るという。明日も仕事だろうから、それも仕方がない。

 ボクもナンノくんと一緒に帰ろう。


「お父さん、お母さん、今まで本当にありがとう。ボクはこの家に生まれてきて本当に良かったと思っているよ。新盆には行燈を灯してね。きっと帰って来られると思うからさ」


 両親はナンノくんたちを見送りに玄関まで出た。


「それじゃあね。最後までいられなくてごめんね。二人とも元気で長生きしてね。茜、将、二人を頼むね」


 最後の最後までボクは親不孝者だ。

 両親の後ろに立つ茜と将にも声をかけ、ボクはナンノくんに乗った。

 ナンノくんは車に乗り込みエンジンをかけると軽く首を左右に振った。


――なんか体が重い気がする。

――えー? アラちゃんが憑いてきたんじゃないの?

――まさか~。まだ火葬だって済んでいないのに。


 ニッシーくんと一緒になってナンノくんは笑ってそう答えた。

 ごめんね。憑いてるっていうか、乗ってるんだ。

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