第4話 ボクの四日目

――四日目――


 何時間も自分の顔を見続けていても、どこか他人事のようで実感がわかないのは、ボク自身の意識がしっかりとあるからだろうか。

 もう日付も変わったのに、母親は何度も起きてきてはボクのそばに付き添ってくれていた。

 まだ、明日もあるというのに……。

 それでも昔と違って一晩中は火を灯さないようで、ロウソクもお線香も少し前にどちらも火を落とされていた。


「寝ずの番をしなくても、ボクは迷わないよ。だってね、乗者券があるんだから」


 声をかけても届かないとわかっていても、ひょっとするとなにか伝わるんじゃあないかと思って、母親に話しかけた。

 年に数回、実家には帰ってきているけれど、こうして改めてみると母も父も歳をとったな、と思う。


「どうせ明日の朝もいつも通りで早く起きるんでしょ? もう寝ないと、体がまいっちゃうよ?」


 母親の背中に触れようとして、手がそのまま通り抜けてしまった。

 このときばかりは、さすがになにかを感じ取ったのか、母親は軽く身震いをすると立ち上がった。


――もうこんな時間。瞬、ごめんねぇ。母さんも少しは寝ないといけないから、また明日ね。


 もう、今日だよ。

 それに……。

 ごめんはボクのセリフだ。

 親孝行もろくにしないまま、こんなふうに気苦労をかけて。しかもこのあと、ボクのあの部屋をみることに……。

 ああ情けない。

 最近は晩婚の人が多いとはいえ、せめて結婚でもして孫の顔でもみせてあげられたら良かったのに。

 でもまあ妹のあかねも弟のしょうもいるから、孫の顔に関してはそう気にしなくても大丈夫か。

 隣の和室に繋がるふすまを通り抜ける。


「父さん、母さん、茜、将。叔父さんも叔母さんも、本当にごめんなさい。それから、ありがとう」


 すやすやと寝息を立てているみんながみえる場所に座り、ただそれを眺めた。

 数時間そうしていてから、ボクは立ちあがると葬儀場から表に出た。

 空は白みはじめ、もうすぐ朝を迎える。


「今夜がお通夜か。本当に実感がわかないな」


 葬儀場の敷地内をウロウロと歩き、駐車場のはずれにある喫煙スペースまできた。

 数個あるベンチに腰をおろす。

 高台にあるおかげで、眼下に街並みと海がみおろせた。

 小さな田舎町の漁港だけれど今までより数段奇麗にみえるのは、この先、みることはないと自覚しているからだろうか。

 もっと帰ってくれば良かった。そう思うのも、もう帰ってはこれないからだ。


「後悔先に立たずとは、良く言ったもんだな。こんなことになって、あれこれ考えても仕方がないのに」


 ふと、ほかの人はどう過ごしているんだろう?

 そんなことが気になった。

 白の間で、周りは真っ白でほかに誰かいたようには思えないけれど、ボクしかいなかったということはないだろう。

 日付や時間が違えば、ほかの人と会うことはないのかもしれない。


 もしも同じように乗者券で旅をしている人がいて、すれ違ったら互いに認識できるんだろうか?

 別に誰に会いたいわけではないけれど、同じ立場の人たちは、どう過ごしているのか。

 思い出のある土地をめぐり、会いたい人に会い、移動だけでもすごい時間を費やしていたりするんだろうか。

 ボクは行きたいのはライブだけで、自分の葬儀見たさに実家に戻ってきたけれど、こんなに目的もなくぼんやり過ごしていてもいいんだろうか。

 気づけばもう四日目だ。

 七日間なんて長いと思っていたけれど、生きていた時と同じで意外にあっという間に日数が過ぎていく。

 そう考えると急に時間が惜しくなり、ボクはセカセカと歩き出し、生まれ育った町の散策に出かけた。


「時間はたっぷりあるな……高校まで足をのばしてみようかな」


 駅に向かうと乗者できる人を探した。

 青色の者両ばかりでホッとする。

 通った高校の最寄り駅から、当時は駅の脇にあった駐輪場に自転車を置き、学校まで自転車で通った。

 今日は自転車がないから駅から徒歩で来たけれど、ここへ来てもやっぱりフワッとした感情しかわかない。

 通っていたころは楽しかったこともたくさんあった。でも、一人で訪れてまでも、感傷に浸れるような出来事はなかった。

 好きな人がいたり、特別親しい人がいたりしたら、違ったんだろう。


「このころからアイドルに夢中だったし、仕方ないか」


 まだ朝も早かったせいで、これから学校へ向かう自転車の学生たちとすれ違いながら、トボトボと駅に向かって歩いた。


 十八時になり、お通夜がはじまると、ボクは自分の身の置き場に悩み、棺の脇に立ちつくしていた。

 驚いたのは、意外にも幼なじみをはじめ、同級生たちが集まってくれたことだった。

 この辺りではほとんどの同級生が地元を離れてしまうためか、なかなかみんなが集まることもない。

 このあと同窓会でもやって、みんなが久しぶりに再会できたことを喜んでくれたら、ちょっと嬉しい。

 お焼香がはじまり、ボクは訪れてくれた人の一人一人に深くお辞儀をしてお礼をいった。

 何人目かのときに、ナンノくんが現れてまた驚いた。

 お通夜に来てくれたということは、明日の告別式には出席しないで帰ってしまうだろうか?

 そうなるとボクも今夜、一緒に……?


「さすがに今夜帰るのは早いよ……どうしよう……」


 会場を出ていくナンノくんを追いかけた。

 駐車場まで来たところで、ナンノくんはどこかへ電話をかけ始めた。


――うん。行ってきた。頼んできたよ。オーケイをもらったから大丈夫。うん。オレは今日はビジネスホテルに泊まる。


 頼んだ、ってなにを頼んだんだろう?

 オーケイをもらったって、誰に?

 それにビジネスホテル?

 ここからだと七駅も先だけれど、この近辺には民宿や貸別荘しかないから、仕方ないんだろう。


――オレとニッシーくんは最後まで。キタくんは山辺やまべさんが車で来るって言っていたから、ユキオくんと一緒に乗せてもらうといいよ。オレ? うん。車。そう。じゃあ、明日。


 ナンノくんの電話の相手は同じライブ仲間のキタくんのようだ。内容から、みんな明日の告別式に来てくれるようだ。

 最後まで、というのは告別式の最後までいてくれるということか。

 ボクはホッと胸をなでおろした。まだもう少し、家族と一緒にいられるんだ。

 車に乗り込み、走り去っていくナンノくんに手を振り、ボクはまた葬儀場へと戻った。

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