第3話 ボクの三日目

 昨日は帰ったら、家には誰もいなかった。

 仕方なしに街なかを歩き、かつて通った小学校や中学校を見て回った。

 懐かしいような、そうでもないような、フワッとした感情しかわかない。

 ただ、山の眺めや海の波音、潮の香りはじわっと胸に沁みる。


「風の心地よさも匂いも、こんなに感じるものなんだ」


 そう思いながら海を眺め、暗くなってからまた家へと戻ってきた。

 しばらく待つと、両親たちが戻ってきた。

 みんな一様に沈んでいる。その原因はやっぱりボクなんだろうか?


――三日目――


 朝になって、居間で家族が話しているのを聞いて、亡くなった理由もわかった。

 やっぱり事故だった。

 交差点でハンドル操作を誤った車が止まっていた車に突っ込んで、玉突きになった一台が、歩道へ突っ込んできたそうだ。

 その中に、ボクがいた。まるで思いだせないけれど、そういうことらしい。


 四日目に当たる明日にはお通夜で、五日目に当たるあさってが告別式だと話していたっけ。

 思ったよりも早いのは、ほかに葬儀がないことと、日取りの問題などもあったようた。

 急なことで家族みんながバタバタとしている中、ボクは漁港へやってきて堤防に腰をおろし、ずっと海を眺めていた。


「不謹慎だけど、葬儀が終わるのがライブ前で良かったな」


 家を出るとき、妹がボクのスマホをみながら、あちこちへ連絡をしてくれていた。

 職場やかつての同窓生たち、ナンノくんへも連絡をしてくれているのが聞こえ、ボクは複雑な気持ちになった。

 ナンノくんはともかく、職場で親しくしていた人は特にいない。かつての同窓生にしても、今は疎遠だ。

 両親や妹、弟がどんな規模の葬儀をするつもりでいるのかわからないけれど、誰も来なかったらどうするんだろう?

 というか……どう思うんだろう。


「三十過ぎてもドルオタで、結婚どころか彼女もいなくて、こんなボクで申し訳ないな……」


 情けない気持ちに苛まれ、ボクはリュックに下げたパスケースを開き、りのりんと撮ったチェキをみた。

 ナンノくんは来てくれるだろうか?

 ジーンズのポケットに入れっぱなしになっていた乗者券をだしてみる。

 チケットの日付をちゃんと確認していなかった。


 〇〇〇〇年 〇月 ×日 二十時十八分 ~

 〇〇〇〇年 〇月 □日 二十時十八分 迄


 夜か。

 こんな時間になにをしていたんだろう。こんな時間まで残業するような会社じゃあない。

 思い当たるとしたら、ライラックのライブ……?

 幸せの絶頂にいて、一瞬で転落したのか。


「せつない……ライブのことさえ覚えていないなんて……あぁ……きっとりのりんは可愛かったに違いないのに」


 七日目の、とやらが二十時十八分だとしたら、ライブはきっと最後まで観られるだろう。

 リュックをおろして中を漁る。ライブのチケットを取り出し、これも時間の確認をした。

 十七時半開場で十八時開演だ。

 ナンノくんには悪いけれど、もしも告別式に来てくれたとしたら、そのまま憑いていかせてもらおう。

 だってどうせ行き先は同じなんだし、ナンノくんの家には遊びに行ったこともあるし。

 ナンノくんはレイナ推しだから、立ち位置がりのりんと真逆で少し離れてしまうけれど、それはいつものことだ。

 最後までくっ憑いていることもないだろう。


 波の音が響く中、立ちあがると家へと戻った。玄関を通り抜けようとした直前で、家の中からざわざわと声が響き、ボクは思わず玄関脇に隠れた。

 どうせ誰にも見えやしないのに、なにをしているんだ、ボク。


――それにしても急だったわねぇ。

――事故だったんじゃあ仕方ないとはいえ、まだ若かったのに。


 近所に住む親せきの叔父さんたちだ。

 みんなでどこかへ出かけるのか?


――今夜はわたしたちがついているから、姉さんは少し休むといい。

――ありがとう。でも、あんたたちだって疲れるだろうから、そんなに気を遣わなくていいのよ。


「そうか。葬儀場に行くんだ」


 ボクは慌てて叔父さんに乗者した。家族を含め、みんな青色をしている。

 ということは、堂々としていても誰の目にも触れないだろう。

 みんなが乗り込む車にボクも乗る。

 電車のときや、空いた場所だと隣や後ろにいればいいんだけれど、狭い場所はどうしても密着してしまう。

 シートに座ったボクの上に、叔父さんが腰をおろしている形だ。

 霊感の強い人からは、どうみえるんだろう?


 二十分ほど走ったところに、古い葬儀場がある。

 昔、祖父や祖母が亡くなったときにも、そこでお葬式をした。

 一晩中線香を焚くとかで、みんなで控室のような和室に泊まったのを思い出した。

 思い出の通り、みんなで和室に入っていく。

 祖父母のときは、お通夜の日まで遺体が家にあったけれど、ボクのはそのまま葬儀場で安置されているようだ。

 これから自分自身と対面するのか。不思議な気分だ。


「ん……? ちょっと待てよ……? 事故で、って……ボクの体はどうなっているんだろう?」


 スプラッター映画みたいに見るに堪えないなんてことは……。

 うっかり叔父さんに乗ったままで、叔父さんはボクのそばへ行くと、顔にかかった布をはぎ取った。


「ひぇ……」


 思わず両手で顔を覆って指のすき間からチラ見した。

 顔に大きな傷はなくて、ホッとした。

 まあまあ、奇麗なほうじゃあないだろうか。

 とはいえ、血の気のないその顔は、まるでほかの誰かのようにも感じる。

 ボクは叔父から下者すると体の横に座り、長い時間ジッと見つめ続けた。

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