第3話 おれの三日目
――三日目――
おれは朝から競輪場へと向かった。
行き先は、ちょっと遠いが、立川だ。
今日、ここで開催があるから、人が多い。
おれは集まる人波を眺めて、なるべく金を持っていそうなヤツを選ぶと、シンちゃんにやったように、その体に触れた。
視界が変わる瞬間が、ぐにゃりとして気持ちが悪いけれど、一回、乗り移るともう自分の体と同じだ。
財布を取り出して、中身を確認する。
「結構、持ってるじゃねぇか……飲み食いしても残るくらい、儲けりゃあ文句はねえだろう?」
さっそく、憑いた相手が持っていた新聞に目を通す。
正直……競輪は勝った経験が少ない。
「まぁ、競馬ほど来ないしな……」
悩みに悩んで、車券を買うと、チマチマと当たる。
大きくは増えないけれど、当たれば気分がいいし、増えているだけマシだろう。
「飲み代くらい稼げりゃあいいか」
どうせ金が残っても、自分のものにはならないし、儲けたぶんでなにかを買ったところで、これも自分のものにはならない。
欲がないのが幸いしたのか、レースが終わるころには、そこそこ儲けが出た。
駅前に戻り、時計を見ると、まだ昼過ぎだ。
「なんだよ……? ずいぶんと早く終わっちまったな……」
この辺りの店で、行ったことがあるのは……蕎麦屋か牛丼屋くらいなものだ。
そんないつでも食えるものじゃあなく、ちょっと高そうな店に入りたい。
ステーキ屋の前で、足を止めた。
来たことはないけれど、入れるだろうか?
入り口のドアを押してみると、意外にも中へ入れた。
「……来たことがねぇのに、入れるじゃんか」
行ったことがある場所だけというのは、嘘だったか?
入れたのをいいことに、一番高いステーキと、ワインを頼んだ。
「高ぇだけあるな。うまいもんだわ……」
若いころは、こんなものをいつでも食べられるような、そんな生活を送るつもりでいた。
出世して偉くなって、高給取りになると、漠然と思っていたはずなのに。
いつ、なにを、どう間違って、こんな自分になったのか。
最初に入った会社で、先輩や上司の嫌味に耐えて続けていたら良かったのか?
そのあと入った会社で、不倫をしたのがバレなければ良かったのか?
いや、そもそも、不倫なんてしなきゃあ良かったのか?
辛い仕事も怠けずに、二十四時間、戦えば良かったんだろうか?
「へっ……馬鹿らしい……」
転職を繰り返すたびに、働く条件が悪くなっていき、給料も下がっていき、最後はバイトで食いつないだ。
あとは、一緒に暮らした女房たちの、稼ぎ任せだ。
軽いヒモのような暮らしだけれど、おれはそれで良かった。
誰もかれもが、口を開けば「働け」「稼げ」ばかりだった。
両親や兄弟も、金を無心にいくほどに、だんだんとおれに冷たくなっていき、最後は縁を切られた。
何年か前に、実家を訪ねたときには、どこかへ引っ越して知らない人間が住んでいた。
「どいつもこいつも……」
古い友人たちとも、気づけば疎遠になっていて、年賀状のやり取りさえなくなった。
同窓会もあるんだかないんだか、通知さえ来ない。
せっかくのワインも、味気なく感じてきて、おれは会計を済ませて店を出ると、そのまま男から離れてアパートへと戻った。
最寄り駅に着くと、そのまままた、パチンコ屋へと顔を出す。
慣れ親しんだ街は、居心地がいい。
昨日はシンちゃんを儲けさせてやったから、今度は別の常連の加藤さんを選んだ。
もうすでにフィーバーしていたけれど、確変が終わったタイミングで一度、換金してから、スロット台に移った。
――あら? 加藤さん今日はスロット? 珍しいわね?
――なんだよ加藤さん、スロットなんていつも打たないじゃないか?
「まあ、たまには、な」
そう答えて打ち始める。
さっき換金したから、懐は豊かだ。
スイスイ金が吸い込まれていくけれど、そのまま打ち続ける。
しばらくすると、当たりがきた。
スリーセブンだ。
今日もコインを缶コーヒーやジュースに変えると、いつもの面々に配っていく。
よく顔を合わせる婆ちゃんや爺ちゃんが、今日は出ないといって早く帰っていくのを見送った。
当たりはしばらく続き、閉店まででだいぶ稼いだ。
「死んでからこんなに引きがよくなるなんてな……生きてるうちに当たれってんだよ」
それでも自分で打つのは、やっぱり面白い。
ただ、今日はなぜか飲みに行く気になれず、そのまま家に戻った。
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