第2話 おれの二日目

――二日目――


 昨日は万里加を追いかけたものの、途中で見失い、仕方がなく病院へ戻ってきた。

 病院の地下の一室に、おれはいた。

 掛けられた布をはぎ取る勇気もないまま、部屋の外でベンチに腰をおろし、ぼんやりしていた。


 病院の職員や看護師たちの話が、途切れ途切れで聞こえてきたのをひっくるめると、遺体の引き取り手がいないらしい。

 考えてみれば、両親とも兄弟とも、ずいぶん昔に縁を切られて連絡を取っていない。

 今、どこに住んでいるのかもわからないままだ。


 万里加とも、籍を入れていないから、女房といっても赤の他人だ。

 昨日、連絡を受けてきたものの、ただの友人だと言ったらしい。


「万里加の奴め……」


 昼頃になってようやく正気に戻ったおれは、ここにいても仕方がないと、アパートへ戻ることにした。

 青い者両に乗り、アパートに近いバス停で降りる。

 部屋のドアをすり抜けて中へはいると、いつの間に戻ったのか、万里加は荷物をまとめて出ていったようだ。


「あの女……どこへ行きやがったんだ?」


 面倒に巻き込まれたくなかったんだろうけれど、捨てるのが早すぎるんじゃあねぇか?

 これまでの経験から、長く一緒にいるとは思っちゃあいなかったけれど、このタイミングで出ていくか。

 腹が立つやら、泣けてくるやらで、おれは一人、部屋で暴れまくった。


 ひとしきり暴れて少しは気がおさまった。

 このまま部屋にいてもしょうがない。

 おれは生きていたときと同じように、駅前のパチンコ屋に出かけた。


「よう! シンちゃん! 今日の調子はどうだよ?」


 ホールの中で、よく顔を合わせる面々に声をかけて回る。

 誰もおれがいることに、気づいていない。


「んだよ? おめーら一人くらい、霊感のあるヤツとかいねぇのか?」


 シンちゃんの隣に腰をおろし、パチンコを打っている姿を眺めていると、うずうずしてくる。

 自分の座っている台と、シンちゃんの台を見比べてみた。


「なぁ、こっちの台のほうが出るんじゃあねぇか?」


 そう訴えてみても、当然、聞こえていない。

 もどかしさに、おれはシンちゃんの肩に手をかけた。

 スッと視界がぶれたあと、おれはシンちゃんの目線で台をみていた。


「おっ? なんだ? 乗り移っちまったか?」


 しめた、と思った。

 そのまま玉を箱に移し、隣の台に移動する。

 しばらく打って玉がなくなると、当然のようにシンちゃんの財布から札を出してつぎ込んだ。


「……出ねぇな……」


 そう思いながらも、そのまま打ち続けていた。

 リーチがくる。

 当たりがくる、そんな予感がよぎった直後、本当に当たりがきた。

 しかも、確変だ!


「っしゃあ! ほら見ろ、やっぱりこっちの台だっただろ?」


 聞こえているかわからないけれど、シンちゃんにそう言った。

 鼻歌まじりに打ち続け、気づけは箱が山積みだ。

 当たりがくるたびに、店内に店員の声が響く。


――あらぁ? シンちゃん、凄いじゃない!

――エライ積んでるなぁ、今日は晩飯はシンちゃんのおごりか?


 店内にいた、常連の仲間たちが入れ替わりやってくる。

 おれは得意げになって、まあな、なんて言ってみた。


 いくつか玉を握りしめ、缶コーヒーやジュースと交換すると、常連の仲間たちに配って歩いた。

 出ているヤツらからは、お返しがくる。

 毎日、こうして過ごしていたことを思い出した。


「することもねぇしな……明日も来るか……?」


 行きたい場所があるわけでもなく、おれは明日からどうするかを考えていた。

 結局、閉店まで打っていても、予定は決まらずで、玉を交換して大勝ちを確認すると、おれはみんなを誘って飲みに出かけた。


 もちろん、おれのおごりだ。

 シンちゃんの金ではあるけれど、勝ったのはおれだし、みんなにおごっても、まだ残るからいいよな?


 深夜まで飲みあかし、フラフラになって部屋に戻ると、倒れるようにして床に転がった。

 やけに息苦しさを感じてしょうがないと思ったら、シンちゃんの体だ。


「おっと……ここもよく見たら、シンちゃんの家じゃあねぇか……」


 体から抜け出したとたん、酔いがさめ、おれは自分のアパートへ戻った。


 なかなか、面白い一日ではあった。

 自分の体のことは気になるけれど、別に今さら生き返るわけでもないのなら、どうなろうと、どうでもいいか。


 どうせ誰も来やしないんだから、体についていたってしょうがない。

 それなら、せっかくの自由な時間だ。

 誰にも邪魔をされず、文句も言われず、楽しめばいい。


「そうだ……明日は競輪に行こう」


 競輪場へ行くのは久しぶりだ。

 どこへ行こうか、悩む。

 大宮か多摩か立川か……西武園もいいし、松戸や千葉でもいいか。


 どこも行ったことはあるから、者両も現れるだろう。

 いろいろと考えているうちに、ウトウトしてきた。

 死んでも眠くなるものなのか。


 腹が減ったという感覚はないし、一杯になった感覚もないけれど、さっきパチンコの常連連中と飲み食いをしたとき、飲み食いはできたし、味も感じた。


 せっかくなら、明日も勝って、なにかうまいもんでも食おう。

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