第5話 おれの五日目

――五日目――


 昼過ぎに起きだしたおれは、今日はあの事故現場に行ってみることにした。

 うろ覚えの場所だったけれど、者両に乗ると、あっさりとたどり着いた。


 献花台には、こぼれそうなほどの、花束や飲みものが供えられている。

 今も花束を持った老夫婦と子どもや、どこかの店の店員なのか、割烹着を着たおばちゃんが手を合わせている。


「こんなに人が来ていたのか……」


 昨日のニュースで亡くなった人の数を聞いた気がするけれど、覚えちゃあいない。

 けれど、これだけ供えられている花があるのは、亡くなった人が多いからだろう。


 失敗したな……しくじったな……という気持ちが湧いても、やっぱり、おれが悪かったとは思えない。

 悪いのは、突っ込んだヤツだ。

 そいつさえ突っ込まなければ、こんなに人が死んだりしなかった!


 ぼんやり眺めていると、またテレビのヤツらがきて、献花台にきているヤツらにマイクを向けている。

 しつこいやつらだ。

 全国にニュースを流して、おれが悪いと言いふらして、満足か?


 誰にもおれの姿が見えないとしても、ついつい背中を丸めて隠れてしまう。

 ここにいても、どうしようもないのに、行くあてもない。

 アパートに戻っても、またヤツらがくるかもしれない。


「あ、そうだ……」


 どうせ行くところがないんだから、この機会に以前の女房たちにでも会っておこうか。

 前の女房はおれの十歳年下で、圭子けいこ、だ。

 今でも五つ隣の駅前で、スナックをやっている。


 別れたあとも圭子の店にはちょくちょく顔をだしていて、それで万里加と知り合ったんだ。

 現れた者両に乗って、事故現場を離れると、目当ての駅で下者をした。


「店が開くには早い時間だけど、まあ、奥の部屋で寝てるだろ」


 昔は圭子が店を開いているあいだ、おれはこの駅でもパチンコをして時間を潰し、金がなくなると、店が終わるまで奥の部屋でゴロゴロしていた。

 店が終わってから、二人してアパートへ戻ったものだ。


「圭子? いるか?」


 シャッターをすり抜けて店に入ると、奥から声が聞こえてくる。


「なんだよ? 誰か来てんのか?」


 奥の部屋へのドアを抜けると、ちゃぶ台に圭子と万里加が座って、二人揃ってテレビをみていた。


「万里加じゃねぇか……おまえ、こんなところにいたのか?」


 言いながら近づき、テレビの画面を見て驚いた。

 あのニュースをみていやがる。


「おい……よせよ、そんなニュース……」


――やあね、さっき映っていたの、あのアパートじゃあないの。


――そうなのよ。荷物を取りに戻ったときも、なんだか取材の人たち? たくさん来ていて参ったわ。


――だから、あんなクズ男、辞めときなって言ったじゃあないの。


――だって気前良かったし、優しいところもあったじゃない? 圭子さんだって店に顔出してくれたら嬉しそうだったじゃないの。


――客商売なんだから、愛想振りまいてナンボでしょうが。あんな金にもならない男……来られて迷惑に決まってるじゃない。


 なんなんだ、コイツらは。

 堂々とおれの悪口を言いやがって。


「おまえら、おれのこと……そんなふうに思っていやがったのか?」


――この事故だってさ、この人、ここに寄った帰りだったのよ? 飲酒運転は駄目だって言ってあったのに、電車で帰るって嘘ついちゃって。


――やだぁ……そうなの? サイアク~……もっと早くに別れておけば良かった。


――でもさ、アタシもだけど、万里加ちゃんだって籍は入れていないんでしょ?


――まあね。最初は籍ぐらい入れてほしいと思ったけど、入れなくて良かったわ。


 圭子と万里加は揃ってゲラゲラ笑っている。

 なにがそんなに面白いってんだ? おれが死んだのが、そんなに可笑しいか?


 苛立ってどうしようもないのに、引っぱたいてやろうにもすり抜ける。

 店のほうから誰かが声をかけているのが聞こえ、ようやく二人が黙った。


――タイちゃんが来たかしら? それじゃあ、圭子さん、私もう行くわね。


 万里加はさっさと靴を履いて店への扉を開けた。

 入り口で待っている若い男に駆け寄ると、そのまま腕を組んで出ていった。


「なんだ、あの野郎は?」


 万里加の新しい男だろうか?

 あの様子だと、おれと暮らしていたときから付き合っていたに違いない。

 浮気じゃねーか!


 圭子を振り返ると、タバコを吹かしながら雑誌を読み始めている。

 これ以上、ここにいても仕方がないようだ。

 胸糞悪い気持ちのまま、おれはアパートに戻った。

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