第6話 おれの六日目

――六日目――


 朝からドタドタと周りがうるさくて、おれは目を覚ました。


「なんなんだ! てめえらはっ!」


 おれの部屋に、勝手に何人もの男が入り込んできた。

 一応、靴は脱いでいるけれど、台所の棚やら部屋の押し入れやら、あちこち開けて回っている。


「やめろ! おれのものに触るんじゃねぇよ!」


 止めようとしても、当然ながらすり抜ける。

 手分けをしてあちこちを引っ掻き回したヤツらは、数十分もすると部屋を出ていった。

 そのあとを追って、なんだったのか確かめると、大家と不動産屋が一緒にいて、なにかを話している。


――ええ。身内はいないみたいだし、一緒に暮らしていたらしい女性は帰ってこないし、仕方ないですよね。


――一応、家賃は保証会社のほうでどうにか……でも、まずは片付けないことには、どうしようもないですから。


 どうやら不動産屋と大家は、おれの部屋のものを処分するようだ。

 家賃も払えない、実体もない、そんな状態じゃあどうしようもないのか。


 おれはポケットに入れっぱなしになっていた、チケットを出してみた。

 残るはあと一日だ。


 そのあと、どこに行くのやら知ったこっちゃねぇが、生き返れるわけでもあるまいし、おれの荷物を片付けるってんならそれもいい。

 おれはそのままアパートを出て、八歳年下だった元女房・育江いくえのところへも顔を出してみることにした。


 育江はおれと別れたあと、ほかの男と結婚して、隣県の駅の近くで食堂をやっているはずだ。

 ハガキを貰って、何度か飯を食いに行ったことがあるから、場所は覚えている。

 旦那は無口なヤツだったけれど、人の良さそうな顔をしていた。


 者両に乗って育江の店へとやってきたものの……。

 店のあった場所は、数軒ぶんがまとめてなくなっていて、更地になっていた。

 もう何年も来なかったから、店がなくなっているなんて、考えもしなかった。


「なんだよ……せっかく来てやったのに、引っ越したのか? なにも知らせてこねぇなんて、薄情なヤツだな」


 いないんじゃあ、仕方ない。

 アパートに戻るのも億劫だ。


 ふと、最初の女房を思い出した。

 和恵かずえだ。

 離婚して以来、会っていないけれど、今、どうしているのか。


 それに、子どもたちも……。

 知美ともみ巧斗たくとだ。

 あいつらも、もう三十歳くらいになるはずだ。


 なんの連絡もないけれど、もう結婚でもしているに違いない。

 孫でも生まれているかもしれない。

 ひと目くらい、見てやってもいいんじゃあないか?


「実家……あいつの実家は確か、神奈川だったな……」


 細かい住所は覚えていないけれど、何度か行ったことはある。

 小洒落た港町の、ダラダラと長い坂を上ったあたりだった。

 アパートに戻れば、ひょっとするとどこかに住所をメモっているかも知れないけれど、探すもの面倒だ。


 おれは最寄り駅を思い浮かべて、現れた者両に乗ると、和恵の実家を目指した。

 着いたころにはもう夕方で、駅に降り立ったおれは途方に暮れた。


「昔と変わっちまって、なにがなにやら、さっぱりわからねぇ……」


 薄暗い中をウロウロしてみるも、来たことがあるような、ないような……。

 ときどき、どうしても行かれない道があった。


「なんで通れねぇんだよ!」


 毒づいてみてから、ああ、ここは通ったことがないんだな、と気づく。

 このあいだ、ステーキ屋には行ったことがないのに入れたじゃあないか。


「どういうことだ?」


 何度となく進もうとしても進めず、仕方なしに進める道を歩いた。

 やっぱり、行ったことがない場所へは行かれないんだろう。

 ステーキ屋のときは、なにか違う条件があったんだな……。


「けどまあ、こうやって行ける道を行けば、勝手に和恵の家に着くんじゃねえか?」


 そう思ってあちこち行くも、分かれ道のたびに、いちいち確認するのも面倒だ。

 気づけば辺りは真っ暗で、昼間の雰囲気とは違って気味が悪い。

 確か、この辺りには大きな墓地があった気がする。


「おれが幽霊みたいなもんかもしれないけど、こうなったって、幽霊は怖いだろ……」


 通りの角から人が出てくるたびに、ビクビクしてしまい、そんな自分に嫌気がさす。

 だいいち、こんなところで道に迷って、一晩中歩き続けるなんて、とんでもない話だ。

 ボーッと汽笛が薄っすらと聞こえてきて、おれは一度、街なかへ戻ることにした。


「どっか適当な場所で、一晩明かすか……」


 どうせなら、高級そうなホテルにでも行ってみるか?

 いやいや、行ったことがないんだから、入れやしないだろう。


「せっかくどこにでも通り抜けられるってのに……」


 入れる店を探すのも面倒になり、おれはそのまま山下公園に向かった。

 空いたベンチに横になる。

 潮の匂いを嗅ぎながら、港に揺れる灯りを眺めていた。


 生きていたら、おれは今日、なにをしていただろうか?

 日雇いのバイトにでも行って、パチンコを打って家に戻り、万里加と酒でも飲みながら、テレビを見ていただろう。

 若い男と浮気をしていることにも気づかず、ある日、急に帰って来なくなっても、さして気にも留めず、日々が過ぎていったに違いない。


 圭子の店に飲みに出かけ、酔ったまま車で家に戻り、遅い時間に起きてはバイトへ行く。

 そんな毎日だ。

 事故なんか起こすこともなく、ジジイになって、死んでいったんだろう。


 今回の事故は、単に運が悪かっただけだ。

 たまたまだ。

 たまたま、死んでしまった。


 それだけのこと……それだけの、ことだ。

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