第4話 俺の四日目

――四日目――


「さてと……真由美、そんじゃあ今日も出かけてくるから」


 早朝、まだ暗い中を眠っている真由美に声をかけて家を出た。

 こんなに早い時間でも出かける人は多いのか、者両はいくつも現れる。便利なものだ。


「ってより、思ったよりもみんなあちこちに出かけるものなんだな」


 サラリーマンだったら仕事で出張にでも行くんだろうか?

 学生さんなら休みで旅行か……いや、長い休みの時期でもないからそれはないか。

 理由はなんにしろ、あちこち行きたいと思っている俺にとっては者両が多いのはありがたいことだ。

 数字の小さい青い者両を選んで乗っていると、道すがら時々、赤い者両や黄色の者両が目に入る。


「霊感があるとか、サキカワさんが言っていたけど、これもまあ、意外といるもんだ」


 滅多にないとか言っていた気がするけれど、人が多いとその比率も上がるんだろう。

 者両と一緒に飛行機に乗り、今度は北海道にやってきた。

 ここにはやっぱり真由美と一緒に、雪まつりを見に来たんだ。

 今は季節が違うし、もう二十年以上も前のことだ。そこかしこの景色は忘れているけれど、時計台は変わっていないように感じる。

 テレビや雑誌でも良く目にするからだろうか。

 大通りの公園も、噴水以外はなにも覚えていない。

 昼どきまではまだ一時間ほどある。俺は下者すると、一人で公園を散歩した。


「ここは歩き回ったから動けるとして、公園を出るとどこを歩いたんだか覚えちゃあいないな……」


 行こうと思って進めなくなるのは困る。これから行こうと思っている店までの道順も覚えちゃあいない。

 ベンチに腰をおろし、やっぱり者両を探さなければ、と思った。

 その瞬間、隣に座っているのが赤い者両だと気づいた。腰が抜けるかと思うほど驚く。


「ヤバいヤバい、こりゃあ駄目だろう」


――……オヤジさんじゃない? なにやってんの? こんなところで。


 急いで逃げようとした後ろから声をかけられ、また驚いて振り返った。

 行き先を考えていないからか、そこに赤い者両はみえなくて、座っているのは一人の男だ。


「あれ……? あんた、染川そめかわさんじゃあないか。なんだよ~、どうした? こんなところで」


 店の近くに住んでいるらしい、サラリーマンの染川さんだ。

 帰りは遅いし一人暮らしだからと言って、良く店に飯を食いにきてくれていた。


――どうしたはこっちのセリフ。お店、閉まっていたけど……。


「うん、まあな。いやあ……このあいだの交差点の事故でな、俺は死んじまったみたいなんだよ」


――あの事故、亡くなった人が多かったみたいだけど、オヤジさんもだったのか……。


 染川さんは、もう俺の飯は食えないのかと残念そうな顔をしていってくれた。

 そうだ。俺はこんなふうに俺の作る飯を楽しみに来てくれる、そんな人たちのためにうまいもんを作り続けたかったんだ。


――で、ここにいるのはなんで? 家でおかみさんと一緒にいなくていいの?


「あいつには近所の人たちもついていてくれるし、まあ大丈夫だ。夜には帰るしな」


――ふうん。


「俺の通夜も、まだ三日後だから時間もあるし、せっかくだからちょっと食べ歩きに……な」


――北海道はちょっとじゃあないでしょ。まあ、飛行機だとあっという間に着いちゃうけど。


 染川さんはそういって笑った。

 確かに、ちょっと……ではないか。


――っていうか、死んでも食べられるものなワケ?


 そう聞かれて、俺は実際には食べられないけれど、人に乗ることで味わうことはできると説明した。

 もちろん、どうやらそのせいで、食べている人は味わいが薄くなるようだから、一口だけいただいているということも。

 染川さんは、数秒考え込むようにうつむいてから、俺をみて言った。


――これから行く店は決まっているの? 俺も一緒に行ってもいい? 乗ってくれて構わないから。


「えっ……いいのかい?」


――そんなにたくさんは食べられないけどね。


 自分一人だと簡単で手早く済ませられるファーストフードやコンビニ弁当になりそうだからという。

 俺を乗せていくことで、おいしくてちゃんとしたご飯を食べられるならありがたいそうだ。

 ただ……。

 染川さんは赤いんだった。一抹の不安がよぎる。うまいこと言いくるめられて消滅させられたり……。


(いや……この人はそんな野郎じゃあない。いつも見ていたからわかる)


 お言葉に甘えて店の名前を伝えると、染川さんに乗った。サキカワさんはまず乗れないだろうと言っていたけれど、者両の側に乗せる気があれば大丈夫なようだ。

 染川さんはなるべくいろいろな種類を食べられるようにと、単品で数種類を頼んでくれた。

 ありがたく一口ずついただいた。もっと食べればいいのに、というけれど、染川さんにも味わってほしかった。


――このあとはどうするの? 家に戻るの?


「一応な。まゆ……かみさんのことも気になるから、夜は一緒にいたいんだよ」


――明日は?


「明日は新潟と俺の地元の長野に行こうと思っているよ。実家はもうないから、また食べ歩きだけになるけどな」


 俺がそういって笑うと、染川さんも一緒に来たいといった。


「だってあんた、用事があってこんなところまで来たんじゃないのか? 一緒にって言ったら、これから帰ることになるんだぞ?」


――いいんだよ。ここへは何の気なしにきただけだから。明日からも特に用事があるわけじゃあないんだ。


「そうなのか? そりゃあ、俺も知らん人に乗るよりは、知っている人が乗せてくれた方がありがたいけど……」


――じゃあ、そうしようよ。俺、車の運転もできるからどこにでも行かれるしさ。


 染川さんはすぐに帰りの手配をはじめた。飛行機のチケットはすんなりと取れたようだ。

 なにかとありがたく思いながらも、俺は奇妙な引っ掛かりを感じていた。

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