第3話 俺の三日目
――三日目――
「真由美、それじゃあちょっくら行ってくるわ」
聞こえないとわかっていても声はかける。
ひょっとすると、なにか通じるものがあるかもしれないからだ。
店を出て者両を探す。
これもすんなりと見つかり、乗者して向かったのは沖縄だ。
どのくらい時間がかかるかわからないから、遠いところから攻めてみることにした。
「あつ……湿気があるから余計に暑い気がするんだよな」
ここへは真由美と一緒に新婚旅行で来たんだった。
恩納村のホテルに泊まって、水族館に行ったりボートやシュノーケリングをしたっけ。
移動中、よみがえってくるのは楽しい思い出だけで、つい頬が緩む。
ホテル近くにあったお店は、幸いにも今も健在で、俺は中華街でしたことを繰り返した。
「やっぱりうまいな、肉……こんな海の近くで肉ってなんだよ? って昔は思ったんだよな」
そのときも、海の幸を食べたかったのにと、俺は大きく肩でため息を漏らし、真由美に叱られたんだ。
結局、食べてみればやたらとうまい肉で、俺は食べ過ぎて眠れないほどだったっけ。
――新婚旅行の初日で動けないほど食べるって、バカなんじゃないの!
――そんな怒るなって……ホントごめん。
――靖って、いっつもそう。自分の胃袋の加減ぐらい自分でわかるでしょ!
――そんなこと言ったって……ゲエッフ!
自分でもびっくりするくらいのゲップが出て、真由美をさらに怒らせてしまうんじゃあないかと、おずおずとその顔を見ると、真由美は怒るのを忘れて大笑いをしたんだ。
――なに? 今のゲップ! そんなの初めて聞いた!
ゲラゲラと笑う姿に、俺もつい笑ったんだった。
こんなこともあるだろうと思ったといって、スーツケースから胃薬を出してくれた。
初夜がこんなことで腹が立っただろうに、なんだかんだで結局は許してくれる。
このあとも、二人で沖縄のあちこちをめぐり、楽しい思い出をたくさん作ったんだ。
「そういえば当時の写真なんか、まだ残っているんだろうか。帰ったら見てみたいけど、自分じゃあみられないからなぁ」
あぐー豚の料理やソーキそば、チャンプルーなどいろいろな料理を一口ずつ堪能し、俺はまたすぐに空港へ戻り、ちょうどいい者両をみつけると、今度は福岡に移動した。
空港から天神に移動して、豚骨ラーメンを食べ歩く。
実際に廻ったときとは違って、腹がいっぱいにならないぶん、いくらでも味だけを堪能できてありがたい。
本場の豚骨ラーメンは匂いがどうこう、なんて言われていたけれど、俺も真由美も気になったのは少しだけだった。
「ストレートの細麺が本当にうまかったんだよなぁ」
――靖と一緒にいると、食べてばっかりだから太っちゃって嫌だわ。
そうこぼしていたっけ。
このころ実際、結婚前に比べると二十キロ近く太ったらしい。
ダイエットだなんだと、やたら騒いでいたものだ。
俺はそんなの気にしやしないのに。
――靖も太りすぎじゃあない? 健康でいなくっちゃ、店なんか続けられないわよ。
そう言って野菜ばかり出されていた時期を思い出す。
赤身や鳥の胸肉がパサついて味気なくて、耐えきれなくなって二人してとんかつだなんだと、油分の多いものに走り、結局は痩せなかった。
「まあ、それでもあれこれ考えた飯を作ってくれたけどな」
それからは大きく体重が増えることはなかったのを思うと、真由美が頑張って太りにくくてうまいメニューを考えてくれたからだろう。
そのあとはもつ鍋の店を廻り、夜になって俺はまた自宅へ戻ってきた。
店は当然、閉まったままで、もう夜も遅いからか、真由美は眠っていた。
「あのな、俺、今日は沖縄と福岡に行ってきたんだよ。相変わらずうまいもんばかりだったよ」
眠っている真由美に話しかける。
いつもだと、あんたばかり旅行に行ってずるいとか、そんなに食べてばかりでそれ以上太ったらどうするのとか、あれこれ言われるのに。
一方通行の会話に寂しさを感じて、肩で大きくため息をつく。
――もう! 貧乏神がくるからそんなため息をつかないでったら!
急に真由美がそう言い、俺は驚いて枕もとでその顔をのぞき込んだ。
「なんだ? 寝言か? 夢でも俺はため息ついてんのかよ」
ぐっすり眠っている真由美をみつめ、俺は思わず苦笑した。
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