荒川 瞬
第1話 ボクの一日目
【
――ああ……そうか。
――ボクは死んでしまったのか。
チケットを手に、扉の前に立った。
壁も扉も真っ白。ドアハンドルだけが銀色で、ただ壁に刺さっているだけのようにみえる。
このまま「白の間」とやらにいても仕方がない。
七日間、どこにでも行けるというのなら、せっかくだから出かけよう。
「荒川さま。お出かけになりますか?」
「んぁ……はい……」
扉を出てすぐ横に、白髪で真っ白なスーツをまとった若い男が立っていた。
ボクと同じ年ごろにみえるのに、白髪って……。
まるでアニメやドラマに出てきそうな、執事みたいな雰囲気だ。
「コンシェルジュのサキカワと申します。では、まずチケットのご利用方法をお伝えいたしましょう」
「よ……よろしくお願いいたします」
ボクはペコリと頭をさげた。
サキカワさんは穏やかな表情で、ゆっくりと話し始めた。
「チケットは誰に見せるでもないため、身に着けておくだけで構いません」
「おぉ……電車やバスみたいに乗るときに見せなくていいんですか。ポケットに入れっぱなしで大丈夫なんですね?」
「はい。そして、ご
そういわれて、ボクはライブハウスのある最寄り駅を思い浮かべた。
次の瞬間、目の前に青色をした人型が数人現れた。その人型は、街なかを歩くように行き交っている。
「あれらが、たった今、荒川さまが思い浮かべた先へ向かう
その中のいずれかを選んで、乗ると決めた時点で乗者できるそうだ。
頭の上に数字が視えた。
「あの数字はなにか理由が?」
「頭上の数字は目的地までの乗者時間を表しております。直通で向かうか、どこかを経由するかで変わってきます」
「へぇ……」
「荒川さまのお出かけになりたい場所へは、訪れる人たちが多いようですね」
行き先が都会や観光地の場合、者両は多くあらわれ、田舎や遠方などは場所によっては現れないと言った。
「現れない場合は、どうなるんですか?」
「その場合は特別措置が取られることもありますので、ご安心ください」
「特別措置……ですか」
「ええ。専用者両が出されるなど、救済措置があります」
思い出の地を巡る人が多いため、可能なかぎりお出かけいただけるよう、対応しております、と、サキカワさんはにこやかに笑う。
「あのぉ……最初の説明から気になっていたんですけど、この
「みなさまに、ご乗者いただくのは、いわゆる電車やバスと違って『現世の人間』でございます」
「人間! えっ? えっ? どうやって乗るんですか? あっ! まさか、とり憑く……?」
サキカワさんは笑顔を絶やさないまま、首を横に振る。
憑くのではなく、後ろをついていくイメージだといった。
要するに行きたいところへ行く人に、連れていってもらうということか。
「行き先の変更や、乗った者両の状況によって、乗り換えをされる場合ですが、行き先さえ頭にあればスムーズに乗り換えが可能でございます」
「……なるほどですね」
「ご注意いただきたいのが、チケット裏面の制限事項で、者両は青を、と書かれています」
「ああ、はいはい」
「ほとんどが青なので、そう滅多にはございませんが……黄色あるいは赤色の者両がみえることもございます」
「黄色と赤? まるで信号ですね」
「はい。同じものと認識していただけると早くご理解いただけるかと」
青は普通の人。
黄は少しだけ霊感の強い人。
「赤はとても霊感の強い人なので、まず乗者はできません。できたとしても祓われてしまい、最悪の場合には消滅させられてしまうことも……」
「ヒェッ……消滅……」
「わたくしどもと致しましても、それは避けたい状況でございます。ですからくれぐれも、青以外は避けるようお願いいたします」
青は安全、黄色は注意、赤は危険ということか。ボクはなにも言えずにただコクコクと首を縦に振った。
消滅させられてしまうと、無となってしまい、生まれ変わることもできなくなってしまうそうだ。
他には、者両を使用して、生前憎かった人へ復讐をしたり、悪意を持ってとり憑くなどの行為はしないように、と言い含められた。
そういった行為があると、大変なことになってしまいます、とサキカワさんはにこやかな表情を崩さないままで言った。
大変なことってなんなのか聞こうと思ったけれど、サキカワさんの笑顔が妙に怖く感じて思い直した。
要するに「やらなければいい」それだけのことだ。
「あとは、都度、不明点など出てくることもあるかと思います。そのような場合には、速やかに降者していただき、わたくし、サキカワの名前をお呼びください。すぐにご対応させていただきます」
「わかりました」
「白の間へお戻りになられる場合も、同様にわたくしの名前をお呼びください」
「はい」
出発のベルのごとく、ガラス細工の呼び鈴を鳴らしたサキカワさんは、ボクに向かって深く頭をさげる。
「それでは荒川さま、いってらっしゃいませ」
ボクは頭の上の数字が一番小さい青色の影に吸い寄せられ、遠ざかっていくサキカワさんの姿を見えなくなるまでみつめた。
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