荒川 瞬

第1話 ボクの一日目

荒川 瞬あらかわしゅん 32歳 男 地下アイドルオタク】


――ああ……そうか。

――ボクは死んでしまったのか。


 チケットを手に、扉の前に立った。

 壁も扉も真っ白。ドアハンドルだけが銀色で、ただ壁に刺さっているだけのようにみえる。

 このまま「白の間」とやらにいても仕方がない。

 七日間、どこにでも行けるというのなら、せっかくだから出かけよう。


「荒川さま。お出かけになりますか?」

「んぁ……はい……」


 扉を出てすぐ横に、白髪で真っ白なスーツをまとった若い男が立っていた。

 ボクと同じ年ごろにみえるのに、白髪って……。

 まるでアニメやドラマに出てきそうな、執事みたいな雰囲気だ。


「コンシェルジュのと申します。では、まずチケットのご利用方法をお伝えいたしましょう」

「よ……よろしくお願いいたします」


 ボクはペコリと頭をさげた。

 サキカワさんは穏やかな表情で、ゆっくりと話し始めた。


「チケットは誰に見せるでもないため、身に着けておくだけで構いません」

「おぉ……電車やバスみたいに乗るときに見せなくていいんですか。ポケットに入れっぱなしで大丈夫なんですね?」

「はい。そして、ご乗者じょうしゃの際には行き先を思い浮かべていただければ……例えば今、どこでも良いので思い浮かべてみてください」


 そういわれて、ボクはライブハウスのある最寄り駅を思い浮かべた。

 次の瞬間、目の前に青色をした人型が数人現れた。その人型は、街なかを歩くように行き交っている。


「あれらが、たった今、荒川さまが思い浮かべた先へ向かう者両しゃりょうでございます」


 その中のいずれかを選んで、乗ると決めた時点で乗者できるそうだ。

 頭の上に数字が視えた。


「あの数字はなにか理由が?」

「頭上の数字は目的地までの乗者時間を表しております。直通で向かうか、どこかを経由するかで変わってきます」

「へぇ……」

「荒川さまのお出かけになりたい場所へは、訪れる人たちが多いようですね」


 行き先が都会や観光地の場合、者両は多くあらわれ、田舎や遠方などは場所によっては現れないと言った。


「現れない場合は、どうなるんですか?」

「その場合は特別措置が取られることもありますので、ご安心ください」

「特別措置……ですか」

「ええ。専用者両が出されるなど、救済措置があります」


 思い出の地を巡る人が多いため、可能なかぎりお出かけいただけるよう、対応しております、と、サキカワさんはにこやかに笑う。


「あのぉ……最初の説明から気になっていたんですけど、この乗者券じょうしゃけんの、っていうのは……両もですけど、どういうことなんですか?」

「みなさまに、ご乗者いただくのは、いわゆる電車やバスと違って『』でございます」

「人間! えっ? えっ? どうやって乗るんですか? あっ! まさか、とり憑く……?」


 サキカワさんは笑顔を絶やさないまま、首を横に振る。

 憑くのではなく、後ろをついていくイメージだといった。

 要するに行きたいところへ行く人に、連れていってもらうということか。


「行き先の変更や、乗った者両の状況によって、乗り換えをされる場合ですが、行き先さえ頭にあればスムーズに乗り換えが可能でございます」

「……なるほどですね」

「ご注意いただきたいのが、チケット裏面の制限事項で、者両は青を、と書かれています」

「ああ、はいはい」

「ほとんどが青なので、そう滅多にはございませんが……黄色あるいは赤色の者両がみえることもございます」

「黄色と赤? まるで信号ですね」

「はい。同じものと認識していただけると早くご理解いただけるかと」


 青は普通の人。

 黄は少しだけ霊感の強い人。


「赤はとても霊感の強い人なので、まず乗者はできません。できたとしても祓われてしまい、最悪の場合には消滅させられてしまうことも……」

「ヒェッ……消滅……」

「わたくしどもと致しましても、それは避けたい状況でございます。ですからくれぐれも、青以外は避けるようお願いいたします」


 青は安全、黄色は注意、赤は危険ということか。ボクはなにも言えずにただコクコクと首を縦に振った。

 消滅させられてしまうと、無となってしまい、生まれ変わることもできなくなってしまうそうだ。

 

 他には、者両を使用して、生前憎かった人へ復讐をしたり、悪意を持ってとり憑くなどの行為はしないように、と言い含められた。

 そういった行為があると、大変なことになってしまいます、とサキカワさんはにこやかな表情を崩さないままで言った。

 大変なことってなんなのか聞こうと思ったけれど、サキカワさんの笑顔が妙に怖く感じて思い直した。

 要するに「やらなければいい」それだけのことだ。


「あとは、都度、不明点など出てくることもあるかと思います。そのような場合には、速やかに降者していただき、わたくし、サキカワの名前をお呼びください。すぐにご対応させていただきます」

「わかりました」

「白の間へお戻りになられる場合も、同様にわたくしの名前をお呼びください」

「はい」


 出発のベルのごとく、ガラス細工の呼び鈴を鳴らしたサキカワさんは、ボクに向かって深く頭をさげる。


「それでは荒川さま、いってらっしゃいませ」


 ボクは頭の上の数字が一番小さい青色の影に吸い寄せられ、遠ざかっていくサキカワさんの姿を見えなくなるまでみつめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る