第7話 アタシの七日目

――七日目――


 行く当てもなく、サキカワは呼んでも出てこない。

 アタシは仕方なく、自分の部屋へと戻ってきた。


 それにしても、忌々いまいましいのはあの女。

 輝は『ユリ』と呼んでいた。


「あの女がいないときに、輝に憑かないと……昨日、帰りまで待っているんじゃなかった!」


 そうだ。

 さっさと輝に憑いて、早退でもなんでもして、部屋に帰らせればよかったんだ。

 今日も早い時間に仕度をして家を出ると、輝の会社に向かった。

 姿をみつけたらすぐにでもとり憑いてやるわ。


 一応、者両とやらに乗っていく。

 ざっと見渡しても青の者両ばかりで、赤はもちろん、黄色もみえない。


 きっと、そんなにいるものじゃあないんだろう。

 あのユリって女のように、霊感のあるだろう人間なんて、そんなにいるはずがないのよね。

 出社する人たちに紛れてアタシも輝の職場に入った。


 まだ出勤には早い時間だと思ったけれど、エレベーターもフロアも、たくさんの人がいる。

 輝の席には、まだ誰もいない。

 ふと違和感を覚えて、輝の席に近づくと、デスクの上は奇麗に片づけられていて、なにも置かれていない。


「え? なんでなにもないの?」


 そばにあるホワイトボードをみると、そこに輝の名前がない。

 昨日までは確かにあったのに!


「どういうこと……? まさか会社を辞めた……?」


 そういえば昨日、上司に呼ばれてなにかを話していた。

 面倒をかけて、とか、課長のおかげで、とか。

 仕事で失敗でもしたのかと思っていたけれど、辞めるから挨拶をしていたのかもしれない。


 アタシは会社を飛び出して、輝のことだけを考えて走った。

 青い者両がいくつか現れてそれに飛び乗る。


 ところが、何度乗っても、途中で降ろされてしまう。

 同じところを、グルグルと回っているかのように、必ずといっていいほど同じ場所に戻ってしまった。


「なんでよ! 全然進めないじゃない!!!」


 アタシは苛立ちが絶頂に達して叫んだ。

 もう一度、者両を探そうとして、ハッと気づく。


「ここ……あの事故の場所じゃないの……」


 交差点から少し離れた場所に、長机が置かれていて、花束やお菓子、飲み物などがたくさん置かれていた。

 今も、数人の人が花を手向けて手を合わせている。


 老夫婦や子ども、子連れの女性……若い男性のグループと、入れ替わり立ち替わりで訪れてくる。

 中には涙を流している人もいる。

 あの事故で亡くなった人の、身内なんだろうか?


「……なんでこんなところにくるのよ」


 そう思いながら、あの中に、アタシのために置かれたものはあるんだろうか?

 と考えてみた。


 なんとなく……誰も来ていない気がする。

 友人たちはもちろん、職場の人たちでさえも。


 来ているとしても、親くらいだろうか?

 その親だって、あんなニュースを流されては、来てくれないかもしれない。

 ニュースであんなふうに書かれて叩かれて、この事故だって、アタシも被害者なのに。


 けれど、アタシの車に轢かれた人からみたら、アタシは加害者?

 でも、後ろの車が追突してこなかったら、アタシは誰も轢かなかった!

 だから悪いのは、アタシじゃあなくて、最初に事故を起こしたヤツなのよ!


「っていうか……なんでここに来てるのよ。アタシは輝のところに行きたいのに!」


 夕暮れのオレンジ色が辺りを包んでいる。

 歩く人たちの影が長く伸びて交差していた。


「ちょっと……もうこんな時間!?」


 アタシはカバンの中からチケットを出してみた。

 〇〇〇〇年 〇月 □日 二十時四十八分 迄、とある。

 今日が最後だというのに、こんなところでモタモタしている暇はない。


 早く輝のところに行って、あの女から奪い返して、輝をに連れて来なければ。

 そうすれば、ずっと一緒にいられるんだから!

 ずっとずっと、この先もずっと、アタシだけの輝に。


「サキカワ! いい加減、出てきなさいよ! サキカワ!」


 アタシは地団駄を踏みながら、サキカワを呼んだ。

 チリリン、とどこからか低いベルの音が聞こえる。

 確か、サキカワが出てくるときにも、いつも鳴っていた。


 ただ、音が違う。

 サキカワのベルの音は透明な薄いガラスを鳴らすような高い音だった。

 今、聞こえたのは陶器を鳴らしたような、少し重い音だ。


「お呼びでございますか?」


 背後から突然、声が聞こえて驚いて振り返った。

 そこに立っていたのは、サキカワではない。

 髪も、目も、着ているスーツもシャツもネクタイも、すべてが黒だ。


「……あんた誰よ?」


 問いかけた瞬間、辺りが暗闇に包まれた。

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