第3話 わたしの三日目

「この子、おじいちゃんのお兄さんの息子さんの子。はい、名前いって」


「井手口隆久です。これからお世話になります……」


 おばさんに促されて、家の人たちに挨拶をした。


「じいちゃんのお兄さんの息子さんの子? ながっ!」


 女の子がそういって笑った。

 わたしも面白くもないのに、笑顔をみせた。


「オレ、基樹もとき。よろしくね。そっちは妹の祥子しょうこ


「自分の名前くらい、自分でいえますぅー!」


「おかあさん、隆久くんの部屋、どうするの?」


「客間、使っていないし、特に誰も来ないから、そこを使ってもらうわ」


 江梨子おばさんに言われ、客間に案内された。

 旦那さんの浩三こうぞうおじさんのが大きな会社に勤めているらしく、大きな家だった。


 部屋まで貰って、この家では邪険にされたりしないだろう、そう思った。

 けれど、それは間違いだとすぐにわかった。


 まず、生活のルールを決められた。

 早い門限、家の掃除や洗濯の手伝い、自分のことは全部、自分でやらなければならない。

 食事の仕度さえもだ。


「食材は使っても構わないけど、よーく考えて使ってちょうだい」


 江梨子おばさんはそういう。

 つまり、肉や魚などは勝手に食べてくれるな、ということなんだな。


 幸い、両親と祖父母が残してくれた、わたし名義の預金がいくばくかあった。

 それを少しずつ、自分の食費に切り崩していった。


 中三になり、本格的に受験が始まっても、塾には行けないし、参考書も買ってはもらえない。

 本当に受験できるのか不安を感じ始めたとき、味方になってくれたのが基樹と祥子だった。


「隆久、参考書、あるの? 私が使っていたのもあるけど、新しいほうがいいでしょ?」


 そう言って江梨子おばさんに直談判してくれて、新しい参考書を買うことができた。

 受験に必要な様々なものも、二人は経験済みだからか、重い江梨子おばさんの腰をあげさせて準備を手伝ってくれた。


「勉強、わからないことがあったら、いつでも聞けよ? オレも祥子も、こう見えて結構デキるほうだから」


 基樹はわざわざ客間のわたしのところまで、勉強を教えにきてくれた。

 そのおかげで、高校は無事に合格することができた。


「そういえば、二人には良くしてもらったよな……」


 ほんのりと、胸が温かくなる。

 入学してからも、二人は暇をみては勉強を教えてくれて、わたしの高校での成績は、常に上位にいることができた。


 高校では吹奏楽部に入りたかったけれど、江梨子おばさんに決められた門限と家事の手伝いで、断念しなければならなかった。

 通学で一時間近くかかってしまうから、部活動をしていると、決められた門限に間に合わないからだ。

 入学早々、出鼻をくじかれた気持ちになったけれど、勉強は面白かったし、クラスにはよく話せる友人も何人かできた。


「ああ、そういえばいたなぁ……確か……工藤くどうくんと、大河原おおかわらくんだ」


 二人ともわたしと同じで目立たないタイプだった。

 なにかグループを作るときには、いつもこの二人と一緒にいた。

 ただ、三人はとても微妙な人数だ。


 彼らはやがて同じ場所でバイトをはじめ、一緒に過ごす時間が減ると同時に、少しずつ距離が開いていった。

 二年生になり、クラス替えで工藤くんと大河原くんは同じクラスになり、わたしが離れたクラスになると、もう挨拶しか交わさないような間柄になった。


 切ない痛みが胸を刺す。

 あのころ、門限なんかで縛られていなければ、もっと違う学生生活を送っていたに違いない。


「いや……違うな。早いうちに、おばさんにバイトの打診をすればよかったんだ」


 二年になって最初のうちに、わたしは思いきってバイトをしていいか聞いてみた。

 いつまでも預金を切り崩していくのが不安だったことと、大学に行かれれば、と思ったからだった。

 学費を溜めたいから、というと江梨子おばさんは駄目とは言わなかった。


――ただ。


 バイト代の半分は、生活費として家にいれるように言われた。

 居候しているとはいえ、半分も取られるとは思わなかったし、それでは学費なんて貯まらないんじゃないかと思った。

 それでも、マイナスよりはマシだろうと、わたしは言われるがまま、バイト代の半分を江梨子おばさんに渡し続けた。


 三年生になり、受験を控えて通帳をみる。

 預金の残高は増えてはいるけれど、入学金や学費に使うと、残るのは、心もとない金額だ。

 大学進学をあきらめて、就職して家を出ることを考えるようになっていった。


 映像は、学校生活を主に流れていく。

 わたしの視線は、いつも一人の女子をとらえていた。

 同じクラスの曽根そねさんだ。


 真面目なタイプで、成績はいつもわたしより上だった。

 教室の真ん中あたりの席で、休み時間にはよく本を読んでいた。

 一人でいることも多いけれど、友だちがいない人じゃあなくて、似たタイプの女子たちとはしゃいでいることもある。


 とても豪快に笑う人で、それがとても目について眺めみているうちに、好きなんだと気づいた。

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