第5話 アタシの五日目

――五日目――


 昨日は輝に会えなかった。

 会社の玄関で見張っていたのに、現れなかったから。


「なんでいないのよ……」


 家に帰るのも面倒で、アタシは光里にとり憑いたまま、朝を迎えた。

 着替えのために服を漁るも、これといった服がない。

 光里とは趣味が違うから、どれもこれもピンとこない。


「ったく……センスのない服ばかり。よくこんな服を着てるわね」


 舌打ちを何度もしながら、適当な服を着こんで家を出た。

 昨日と同じでまたネットカフェにこもり、ネット記事の中傷に返信をしていく。

 思い立って、スマホの電源を入れると、アタシはSNSの光里のアカウントから、輝を非難する投稿をした。


 待っていたかのように、スマホが震えだす。

 どうせ全部、友人からに決まっているから、アタシは見もしなかった。


「なんだってみんな、輝のいうことばかり信じるのよ……ホント、みんなクソだわ!」


 そのままネットカフェで過ごし、十八時前になって輝の会社の近くに隠れた。

 今日こそ輝をみつけ、光里から乗り換えるんだから!

 ビルの陰から玄関を覗いていると、突然、腕をつかまれた。


――光里……おまえ、なにやってんだよ?


 輝の友人の一人である三浦俊彦みうらとしひこだ。


――なによ? 今、忙しいのよ!


――SNSで輝の悪口を上げてるだろ? どういうつもりだよ?


――どうこもうも、ホントのことじゃない!


――あれはもう、終わったことじゃあないか! それを今さら……光里だって知ってるだろ?


――終わったこと?


 終わったこと?

 なんのことよ? なにが終わったっていうのよ?


――確かに輝は茉莉萌から千円、二千円の貸し借りはしていたけど、全部返していたじゃあないか!


――返した?


――茉莉萌は貸した貸した、って大騒ぎしてたけど、よく聞いたら輝は一週間も待たせずに全部返していただろ? それにおごっただのなんだのってのも、結局は輝のほうがいつも奢らされていたじゃないか!


――そんなはず……!


――輝のヤツ、もう面倒に関わるのは嫌だからっていって、俺たちも同席して、茉莉萌がいう奢った金額を、多めにみて渡したの、光里もみていただろ?


 なによ、それ……。

 そんなこと、あるはずがないんだから!

 アタシは絶対、そんなお金、受けとっていないんだから!


――そうしたら今度は、輝と接点がなくなったからって、つけ回すようになったんじゃないか!


――ウソよ! アタシはつけ回したりなんかしてないんだから!


 俊彦が眉を寄せて怪訝そうな顔をみせた。

 アタシは思わず、ハッと口を押えた。


――おまえ、ホントに光里か……?


――当たり前でしょ!


 そう答えながら、アタシは記憶をたどった。

 以前、輝に呼び出されて、良く通ったカラオケの大部屋にいった。

 そのとき、目の前の俊彦や光里、ほかにも数人の友人たちが顔を揃えていたんだ。


『茉莉萌、おまえちょっと酷いんじゃあないか?』


『なにがよ?』


『輝をおとしめて、なにがしたいの?』


『茉莉萌が大げさなことをいったり、小さな嘘をつくのは大目に見たけど、人をおとしいれようとするのは駄目でしょ』


 周りは全員、輝の味方で、みんなでアタシを責めた。

 確かに輝はよく奢ってくれたり、プレゼントをくれたけど、アタシだってたまには同じように……。


『同じ? 違うでしょ? ほとんど毎回、俺が出していたじゃん』


『だって――アタシは女で、輝は男でしょ! 男が女に奢るなんて、当り前じゃ……』


『茉莉萌、それを言っていいのは男のほうだろ? 女がそれ言っちゃ、るようなもんじゃん』


 このとき、俊彦はそう言って口を挟んできた。


『そんなふうに奢らせてばっかいるから、輝も金に困ることになったんじゃねぇの?』


『だって、だってアタシ……』


『もういいよ。茉莉萌、これ』


 輝は真顔のままで封筒を渡してきた。

 中に入っていたのはお金だ。


『……なによ、これ?』


『これまで茉莉萌が出してくれたの、いくらになるのかわからないけど、それだけあれば足りるでしょ?』


 輝はもう疲れたからアタシとは、もう会わないという。


『別れるっていうの!?』


『別れるも別れないも、俺たち付き合ってもいないじゃないか』


 確かに、知り合ってから一年足らず、そういうことを言われたことはないし、キスも体の関係もない。

 せいぜい、手を繋いだ程度……。

 でも、あんなに毎週のようにデートしたのに!


『それだって……いつもうちまで押しかけてくるから……』


『輝、こっちの約束があっても付き合わされてたんだもんね。私たちだっていい迷惑だったよ』


 友人の一人がそういう。

 それから輝は、アタシの連絡にはまったく出てくれなくなった。

 電話もメッセージもメールも、SNSさえも。

 だからアタシは、直接会いに――。


――光里、おまえが変な書き込みなんてするから、輝のヤツ、今、大変なんだぞ?


 俊彦の言葉に、ハッと我に返った。

 輝の職場の玄関をみると、出てきた様子はない。

 ホッとして視線を移したとき、遠くの角を曲がる輝の背中がみえた。


――おい! 光里! 聞いてるのかよ!


 俊彦がアタシの手をとる。


――離してよ!


 手を掴む力が強い。

 アタシはすぐさま光里から離れて、輝を追いかけた。

 曲がった角まできたけれど、そこにもう輝の姿はなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る