第5話 オレの五日目
――五日目――
昨夜、仁美は明け方まで線香を絶やすことなくオレのそばにいてくれて、オレもずっとその傍らに寄り添っていた。
楓は初めての場所にもかかわらず、大人しく眠ってくれていた。
今朝も早い時間から仁美は食事の支度に駆り出され、楓は兄の部屋だ。
「兄貴が子どもの面倒って……なにがあったらそんな状況になるんだ……?」
オレは疑問に思って兄の部屋へと入った。
几帳面な兄の部屋はやっぱり昔のまま、奇麗に片付いている。荷物もほとんどない。
それでも今は子どもたちがいるからか、いろいろなおもちゃが床に転がっていた。
兄のところも娘だったのか。歳は楓より上のようだ。子ども特有の高い声で笑いながら楓と遊んでくれている。
おもちゃも取り合ったりすることなく、仲良く遊んでいた。
「きっと気持ちの優しい子なんだな」
この家で女の子では、いずれ肩身の狭い思いをさせられるかもしれない。
今は一人っ子のようだけれど、それをあの父親が許すはずもないだろう。
兄は二人を見守りながら、ときどき一緒に遊んでやっている。
その様子があまりにも自然で、もしかすると普段からちゃんと子どもと関わっているのかもしれないと感じた。
――一平さん、様子どう?
聡子さんが兄と子どもたちの食事を手に部屋へやってきた。
――うん、二人とも仲良くしてるよ。楓ちゃんも小さいのにとてもいい子だ。
――そう。それは良かった。こっちはまだ手伝いが終わりそうもなくて、悪いけど二人にもご飯を食べさせてあげてよ。
――わかってる。ちゃんと見ているから大丈夫だよ。
昨日、この家に帰ってきたときと違って、二人の表情はやけに明るい。
オレは一度、仁美の様子をみに台所へと向かった。近所のおばさんたちに囲まれていろいろと文句を言われながら、せっせと食事の支度をしている。
食事が終わればすぐに今度は告別式だ。ほとんど眠っていないのに、大丈夫だろうか?
告別式でも仁美はやっぱり楓と一緒に一番後ろの席に追いやられ、一番前で親父が取り澄ました顔で参列者に挨拶をしているのが腹立たしい。
お焼香が始まると、仁美のご両親、社長と専務の顔がみえて驚いた。
こんな遠くまで足を運んでくれるなんて、ありがたいけれど申し訳なく思う。
みんな仁美が一番後ろにいることで、怪訝そうな表情をみせた。それでも仁美に声をかけてくれてから帰っていった。
ほかの友人たちはさすがに遠すぎて来られなかったようだ。
すべてがスムーズに進み、火葬になってもオレの体に仁美が寄る時間はろくになく、別れもそこそこのままになってしまった。
この家のなにもかも、すべてが許せなかった。
実家の墓にお骨が納められると、仁美はついに泣き崩れてしまった。
――あてつけがましく泣くんじゃあない!
「……なんてことをいうんだ! あんたって人は!」
どうにかしてやりたくて拳を振り上げても、親父をすり抜けてしまってなにもできない。
ただ、すり抜ける感覚でも感じ取ったのか、親父は一瞬身をすくめると、さっさと車に戻ってしまった。
兄夫婦が仁美をなだめてくれている。帰ってからもまだ食事の準備があるだろう。
実家に戻ると、勤が来ていた。玄関先で母親となにか話していたようで、こちらに気づくと駆け寄ってきた。
――仁美さん、帰る時間をどうするか聞きにきたんだ。哲哉と一緒に迎えにくるから。
――まだ食事の支度を手伝わないといけないから、夜になりそう。
――そうか……。じゃあ、帰れそうになったら連絡をくれる?
――うん、わかった。
「もういいのに。もう帰っていいんだよ。楓だってかわいそうだ……」
そう思っても誰にも伝わらない。
仁美は早々に着替えると台所へ向かっていった。
オレはまた兄の部屋にあずけられた楓を見守ることにした。
しばらくすると、兄のところに母親が来て、二人は廊下へ出ていった。
ドアの向こうで話しているのが気になって、なにを話しているのか聞きに行くと、すぐに話しは終わってしまったようで、母親はまた台所へ戻っていった。
座敷から親父や親戚たちのにぎやかな声が聞こえてきて、それだけで苛立つ。
夜になり、仁美が帰り支度を済ませているのを眺めていた。
なぜか仁美は親父のところへ行く。
――お世話になりました。これから帰ります。それと……せめて分骨をお願いできないでしょうか。
――分骨だと? 馬鹿なことをいうんじゃあない!
親父は親戚の前でそんな話しをされて侮辱されたと思ったのか、楓を抱いたままの仁美をののしり、腕を掴むと強引に玄関へ引っ張っていく。
その勢いに、さすがに兄も親父を止めに入った。
立ち塞がった兄を引っぱたいて押しのけ、仁美と楓を突き飛ばすようにして外へ追いやった。
それをみた瞬間、オレはもう我慢が出来なかった。吸い寄せられるように兄にとり憑くと、そのまま親父を殴りつけた。
――乱暴なことをするな! あんたはどこまでも自分勝手で非常識なやつだな! いつもいつも……周りがどれだけ迷惑していると思っているんだ!
勢いのままオレは三発親父を殴り、兄から離れると呆然と立ちすくむ仁美のそばへ駆け寄った。
――仁美さん、親父が申し訳ないことをしたね。哲哉くんが待っているはずだから、早く連絡をして迎えにきてもらうといい。
兄はそう言って玄関を閉めた。中から親父の怒声が響いてくる。兄も言い返しているのか、声を荒げてなにか言っている。
兄が親父にたてつくとは思いもよらず、仁美が哲哉と連絡を取っているあいだも玄関から目を離せずにいた。
――すごい……星がいっぱい。楓、お空をみて。お星さま、たくさんで奇麗だねぇ。
仁美は楓を抱き、空を見上げたまま歩き出した。オレはあわててそのあとを追う。
そう。
この辺りは明かりも少なく、本当に星が良くみえる。平野部で田んぼと畑ばかりだから、空を遮るものもなく、ぐるりと見渡す限りの星空だ。
「二人でここへ来ることもなかったから、見せてやれなかったんだよな。本当は一緒に見たかったよ」
――洋平と一緒に見られたら良かったのに。お骨も……連れて帰れなくてごめん。
楓の手前もあるからだろうか。仁美は声を震わせて泣くのを我慢しているようだ。
通りに出る手前で、後ろから母親が追いかけてきた。手には大きな袋を持っている。
――仁美さん、今回は本当にごめんなさいね……。これ、洋平のお骨。連れて帰ってあげて。
――えっ……本当に? でも……いいんですか?
――いいのよ。一平たちと、最初からこうしようって決めていたから。
――でも、お義父さんに知れたら……。
――木炭を入れた偽物が置いてあるのよ。あの人はお墓へ行って骨壺を開けてまで中身を確認したりしないわ。だから大丈夫。もしバレてしまっても、問題ないから。
母親は苦笑してそう言った。
オレたちの連絡先は、実家から処分したという。連絡先を知っているのは聡子さんだけだそうだ。
兄夫婦は家を継がず、遠くへ引っ越すらしい。それに母親もついていくといった。
オレの知らないあいだになにがあったのかはわからない。けれど、きっと全部、親父のまいた種だ。
哲哉の車が角を曲がってくるのがみえると、母親は「気をつけて帰ってね。また連絡するから」といって家に戻っていった。
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