魔力には個人差がある。

 それは大きさや量だけではなく、性質もだ。

 例えば炎の術式を複数持つ者は、魔力自体がわずかに熱を持つことがある。

 魔力の性質は、本人の心や性格を体現していると言われていた。

 その性質が極めて強く出ている場合を、魔力特性と呼ぶ。


 俺の魔力特性は……斬。

 刃のように鋭く、よく斬れる性質を持っていた。

 俺も先生に言われるまで知らなかったことだ。


「魔力特性と高速循環を利用して、斬撃の鋭さを向上させてるのか」

「ああ。さながらチェーンソーみたいに」

「ちぇーんそー? なんだそれ」

「あ、この世界にはないのか」


 伝わるように表現するのは難しいな。

 けど彼女なら、今のやり取りだけである程度は把握しただろう。

 俺の魔力はよく斬れる。

 彼女が想像している刃を通さない身体も突き抜けた。

 ならば、それを知った後はどうか?

 知った後なら対策できる?

 試してみよう。


 俺は大きく踏み込み、彼女に右斜めから斬りかかる。

 これまでの彼女なら受け止めていた。

 今回もそうするか?

 左腕が伸びる。

 が、思いとどまるように回避に切り替えた。


「やっぱり逃げたな」

「っ……」


 イメージは情報によって流されやすい。

 彼女は今、俺の刃の性能を知った。

 知った上で対処できそうだけど、実際はそこまで簡単じゃない。

 なぜなら体験した直後は、どうしたって記憶に残る。

 俺の刃が通ってしまったという事実が。

 彼女の中でまだ、今起こった不測の事態を消化しきれていないんだ。

 そして同時に、他のイメージも崩れ始める。


「さっきより動きが遅いぞ」

「っ、馬鹿にするなよ!」

「――!」


 さらに一段速くなった?

 防御のイメージができないから、回避速度にイメージを固めたのか。

 斬られる恐怖があるからこそ当たらないように回避する。

 その感覚がイメージをより高め、彼女の速度を引き上げた。


「はっ! そんなもん当たらなきゃいいんだよ!」

「確かにな。でも……」


 速度ではあちらが上。

 ただし、刀はその長さ分加速する。

 俺自身の速度で劣っていても、刀を振る速度を合わせれば捉えられる。

 とは言え、躱されたらイメージをより強化させるだけだ。

 やるなら最初の一回で確実に仕留める。

 彼女がイメージできない速度、方法で。


「あれがいいな」


 この刀じゃ少し長さが足りない。

 今から術式で刀を生成するには時間がかかる。

 だったら魔力で再現しよう。

 体外でのコントロールは難しいけど、切っ先を少し延長させる程度ならできる。

 魔力を切っ先に集中させ刃を形成。


 ――疑似物干し竿。


 かつて大剣豪に挑んだ一人の剣客がいた。

 彼は空を自由に飛ぶ燕を眺めながら、刀で斬ることを考えた。

 しかし燕は素早く変幻自在に方向を変える。

 どれだけ素早く刃を振るっても逃げられる。

 ならばどうするか?

 振るう方向を増やし、逃げ道を塞げばいい。

 一度に二つ……否、三つの太刀をほぼ同時に繰り出せば。


「行くぞ」

(なんだ? この感じ……)


 前世では不可能だった。

 けどこの世界で得た肉体と魔力があれば、再現できる。

 自在に飛ぶ鳥すら堕とす絶技。


 巌流――


「燕返し」


 異世界でようやく完成した絶技を放つ。

 彼女のイメージを超え、俺の刃は彼女の喉元に届く。

 

「勝負あったわね」

「ああ、リインの勝ちだ」


 刃は彼女の喉元の前でピタリと止めた。

 本気で斬るつもりで放ったけど、なんとかギリギリで止められてホッとする。

 さすがの悪魔も、首を刎ねたらダメそうだからな。


「い、今の……お前の術式か?」

「いいや? ただの剣技だよ。俺の術式は剣を生み出すこと。それ以外はないから」

「……」

「驚いただろ?」


 ぼーっと俺を見上げるグリムの横に、いつの間にかやってきた先生が立つ。

 先生は続ける。


「こいつは確かに人間だ。魔力操作は成長途中だが……剣技だけならワシをとっくに超えている」

「買いかぶりですよ先生。剣術でもまだまだ未熟です。俺はもっと強くなる」

「……なんで、こんなに剣術を磨いたんだよ」


 グリムから思わぬ疑問が漏れ出す。


「そっちでも剣術は時代遅れって言われてるんだろ? なのになんで? それしかなかったからか?」

「違うよ。俺は自分で選んだんだ……この道を。最強の剣士に、最高の武士になる」

「ぶし?」

「俺が元いた世界で、最高の格好いい生き様の奴らだ」


 そう言っておれは笑う。

 もしも彼らがこの世界に生まれ変わっていたら、きっと魔術よりも剣術のほうが優れていると評価がひっくり返る。

 それだけじゃない。

 彼らの生き様は……死に様は男として憧れる。

 この世界の男にもきっと……。


「見た目や種族じゃ強さはわからないってことだ。いい勉強になっただろ? グリム」

「……そうかも」


 そう言いながらグリムは悔しそうだ。

 俺に負けたこと認めながら、心は納得していないのだろう。

 

「ま、同じことがお前にも言えるがな? リイン」

「そうですね。認めるよ」


 俺は未だにしゃがみこんだままの彼女に、手を差し伸べる。


「強かったよ。もし先生の指導を受けていなかったら勝てなかった」

「お前……」

「イメージの力ってすごいな。俺もイメージトレーニングとか増やそうかな」

「……はっ、そんなに簡単じゃないからな」


 彼女は俺の手を取る。

 戦っていた時とは違って柔らかく、女の子の小さな手だ。

 俺は優しく引っ張り起こす。


「じゃあコツとか教えてくれ。代わりに俺も、俺が知ってるいろんな剣士の話を教えてやる。きっといい今より強いイメージが湧くと思う」

「いいぜ。今度はさっきの技も攻略してやる。次は負けねぇーから」

「次も俺が勝つよ」


 戦う前に抱いた感覚は、あながち間違っていないかもしれない。


「お姉ちゃん……楽しそう」

「あら? 案外いいコンビになりそうね」

「思った通り、リインの好みにドンピシャだな」


 なぜか俺を見てニヤニヤしている師匠だけは意味不明だけど……。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【あとがき】


第三章はこれにて完結となります!

次章をお楽しみに!


できれば評価も頂けると嬉しいです!!

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