伍
魔力には個人差がある。
それは大きさや量だけではなく、性質もだ。
例えば炎の術式を複数持つ者は、魔力自体がわずかに熱を持つことがある。
魔力の性質は、本人の心や性格を体現していると言われていた。
その性質が極めて強く出ている場合を、魔力特性と呼ぶ。
俺の魔力特性は……斬。
刃のように鋭く、よく斬れる性質を持っていた。
俺も先生に言われるまで知らなかったことだ。
「魔力特性と高速循環を利用して、斬撃の鋭さを向上させてるのか」
「ああ。さながらチェーンソーみたいに」
「ちぇーんそー? なんだそれ」
「あ、この世界にはないのか」
伝わるように表現するのは難しいな。
けど彼女なら、今のやり取りだけである程度は把握しただろう。
俺の魔力はよく斬れる。
彼女が想像している刃を通さない身体も突き抜けた。
ならば、それを知った後はどうか?
知った後なら対策できる?
試してみよう。
俺は大きく踏み込み、彼女に右斜めから斬りかかる。
これまでの彼女なら受け止めていた。
今回もそうするか?
左腕が伸びる。
が、思いとどまるように回避に切り替えた。
「やっぱり逃げたな」
「っ……」
イメージは情報によって流されやすい。
彼女は今、俺の刃の性能を知った。
知った上で対処できそうだけど、実際はそこまで簡単じゃない。
なぜなら体験した直後は、どうしたって記憶に残る。
俺の刃が通ってしまったという事実が。
彼女の中でまだ、今起こった不測の事態を消化しきれていないんだ。
そして同時に、他のイメージも崩れ始める。
「さっきより動きが遅いぞ」
「っ、馬鹿にするなよ!」
「――!」
さらに一段速くなった?
防御のイメージができないから、回避速度にイメージを固めたのか。
斬られる恐怖があるからこそ当たらないように回避する。
その感覚がイメージをより高め、彼女の速度を引き上げた。
「はっ! そんなもん当たらなきゃいいんだよ!」
「確かにな。でも……」
速度ではあちらが上。
ただし、刀はその長さ分加速する。
俺自身の速度で劣っていても、刀を振る速度を合わせれば捉えられる。
とは言え、躱されたらイメージをより強化させるだけだ。
やるなら最初の一回で確実に仕留める。
彼女がイメージできない速度、方法で。
「あれがいいな」
この刀じゃ少し長さが足りない。
今から術式で刀を生成するには時間がかかる。
だったら魔力で再現しよう。
体外でのコントロールは難しいけど、切っ先を少し延長させる程度ならできる。
魔力を切っ先に集中させ刃を形成。
――疑似物干し竿。
かつて大剣豪に挑んだ一人の剣客がいた。
彼は空を自由に飛ぶ燕を眺めながら、刀で斬ることを考えた。
しかし燕は素早く変幻自在に方向を変える。
どれだけ素早く刃を振るっても逃げられる。
ならばどうするか?
振るう方向を増やし、逃げ道を塞げばいい。
一度に二つ……否、三つの太刀をほぼ同時に繰り出せば。
「行くぞ」
(なんだ? この感じ……)
前世では不可能だった。
けどこの世界で得た肉体と魔力があれば、再現できる。
自在に飛ぶ鳥すら堕とす絶技。
巌流――
「燕返し」
異世界でようやく完成した絶技を放つ。
彼女のイメージを超え、俺の刃は彼女の喉元に届く。
「勝負あったわね」
「ああ、リインの勝ちだ」
刃は彼女の喉元の前でピタリと止めた。
本気で斬るつもりで放ったけど、なんとかギリギリで止められてホッとする。
さすがの悪魔も、首を刎ねたらダメそうだからな。
「い、今の……お前の術式か?」
「いいや? ただの剣技だよ。俺の術式は剣を生み出すこと。それ以外はないから」
「……」
「驚いただろ?」
ぼーっと俺を見上げるグリムの横に、いつの間にかやってきた先生が立つ。
先生は続ける。
「こいつは確かに人間だ。魔力操作は成長途中だが……剣技だけならワシをとっくに超えている」
「買いかぶりですよ先生。剣術でもまだまだ未熟です。俺はもっと強くなる」
「……なんで、こんなに剣術を磨いたんだよ」
グリムから思わぬ疑問が漏れ出す。
「そっちでも剣術は時代遅れって言われてるんだろ? なのになんで? それしかなかったからか?」
「違うよ。俺は自分で選んだんだ……この道を。最強の剣士に、最高の武士になる」
「ぶし?」
「俺が元いた世界で、最高の格好いい生き様の奴らだ」
そう言っておれは笑う。
もしも彼らがこの世界に生まれ変わっていたら、きっと魔術よりも剣術のほうが優れていると評価がひっくり返る。
それだけじゃない。
彼らの生き様は……死に様は男として憧れる。
この世界の男にもきっと……。
「見た目や種族じゃ強さはわからないってことだ。いい勉強になっただろ? グリム」
「……そうかも」
そう言いながらグリムは悔しそうだ。
俺に負けたこと認めながら、心は納得していないのだろう。
「ま、同じことがお前にも言えるがな? リイン」
「そうですね。認めるよ」
俺は未だにしゃがみこんだままの彼女に、手を差し伸べる。
「強かったよ。もし先生の指導を受けていなかったら勝てなかった」
「お前……」
「イメージの力ってすごいな。俺もイメージトレーニングとか増やそうかな」
「……はっ、そんなに簡単じゃないからな」
彼女は俺の手を取る。
戦っていた時とは違って柔らかく、女の子の小さな手だ。
俺は優しく引っ張り起こす。
「じゃあコツとか教えてくれ。代わりに俺も、俺が知ってるいろんな剣士の話を教えてやる。きっといい今より強いイメージが湧くと思う」
「いいぜ。今度はさっきの技も攻略してやる。次は負けねぇーから」
「次も俺が勝つよ」
戦う前に抱いた感覚は、あながち間違っていないかもしれない。
「お姉ちゃん……楽しそう」
「あら? 案外いいコンビになりそうね」
「思った通り、リインの好みにドンピシャだな」
なぜか俺を見てニヤニヤしている師匠だけは意味不明だけど……。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
【あとがき】
第三章はこれにて完結となります!
次章をお楽しみに!
できれば評価も頂けると嬉しいです!!
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