第七章 罪人たちの宴

 学園の入り口で彼女を待つ。

 王城で暮らす彼女は、学園までは王城を警備する騎士が護衛を務める。

 学園の中には入れないから、ここからは俺の仕事だ。


「今日もエスコート頼むわね? リイン」

「はいはい」

「不満そうな顔ね」

「理由は言わなくてもわかるだろ」


 彼女の護衛を務めて一週間が経過した。

 平和だ。

 特に何も起こらない。

 彼女の身が危険だというから護衛になったのに、危険が迫る気配すらない。


「数日以内って言ってなかったか?」

「あら? まだその範囲内よ」

「あと一週間で何も起こらなかったら護衛は終わりだ」

「ふふっ、そんなことにはならないわ。私の未来は……相変わらずよ」


 そう言いながら寂しそうに目を伏せる。

 彼女にはどんな光景が見えているのだろうか。

 自分の奥底を覗き見る術式。

 彼女が狙われる理由はきっと、彼女は持つ異質な力に起因している。


「こんな力……なければよかったのにね」


 ぼそりと呟いた。

 おそらく本心からそう思っているに違いない。


「リイン君! ミストリア様!」


 そこへ元気印のアイリアが駆け寄ってくる。

 暗い空気になっていたからちょうどいいタイミングだ。


「あら? おはよう」

「おはようございます! 今日も一日よろしくお願いします!」

「ええ、こちらこそ」


 彼女がいると空気が明るくなる。

 王女様も心なしか、笑顔が軽くなった気がする。

 二人が仲良くなってくれてよかったと、心から思う。


「おい、リイン」

「ん? あれ、兄さん」


 肩を軽く引っ張られ振り向く。

 後ろにいたのは兄さんだった。


「久しぶりだね、兄さん」

「ちょっとこっちこい」

「え」


 そのまま肩を掴まれ引っ張られる。

 俺は兄さんに連れられて二人から離れていく。

 楽しそうに話している二人は、そのことに気付かない。


「なに? 今は勝負受けれないよ」

「そうじゃない。お前、いつの間にミストリア王女と親しくなったんだ?」

「別に親しくない。無理やり護衛をさせられてるだけ」

「護衛? なんだそりゃ」


 そういう反応になるのが普通だ。

 このまま話をつっこまれると面倒だし、振り払って戻るか。


「まぁいい。だったらお前に教えとくことがある」

「え?」


 意外にも突っ込まれなかった。

 少し兄さんは焦っているように見える。


「本来これは関係者以外には言えないことだが、お前が王女と一緒にいるなら知っておくべきだ」

「なんのこと?」


 兄さんは周りを確認する。

 他人には聞かせられないことなのだろう。

 そっと顔を近づけて、ひそひそ声で話し始める。


「実は一週間前、北の牢獄が襲撃された」

「北の牢獄? 確か大罪を犯した人を収容する場所だっけ」

「ああ。建設から四百年あまり、一度も脱獄を許さなかった無敵の監獄がだ。襲撃の後、囚人たちは忽然と姿を消した。そいつらが今、王国のあちこちで暴れてる」

「それは一大事だね」


 一週間前……ちょうど俺が護衛を始めた時期と重なる。

 これは偶然だろうか?


「反応薄いな。北の牢獄にいたのは一癖も二癖もある囚人ばかりだ。中には何千という人間を殺した奴もいる。まるで悪魔だぜ」

「悪魔だから人を殺すとは限らないよ。それは悪魔に失礼じゃない?」

「あ? なんでお前が悪魔の肩を持つんだよ」

「別になんとなく」


 彼女たちのことを知っている身としては、根拠もなく悪く言われるとちょっとモヤっとするんだ。

 

「とにかく、そいつらの対処で今、十傑メンバーも各地に出払ってる」

「兄さんは留守番?」

「俺も今から行くんだよ。その前に、お前にも伝えておきたかった。学園は安全だと思うが、念のためな。これを追っておけ」


 兄さんは俺に十数枚の紙の束を手渡す。


「立つ極した囚人の情報、その写しだ」

「いいのこれ? 俺に渡して」

「よくねーよ。けど注意しとけ。特にこいつ、三つの街を壊滅させ大量虐殺をしたギガス。騎士団と魔術師団が協力してなんとかとらえた大罪人だ。こいつの強さは憶測だが、十傑メンバーを凌ぐ。もしこいつが襲ってきても、間違っても戦おうとするなよ」

「へぇ……ギガスか」


 資料には当時の様子が描かれている。

 魔術師団の分隊三つ、騎士団数百名を動員し、七割以上の死傷者を出してようやく捕えた。

 経歴からして相当な実力者なのは間違いない。

 そんな奴が攻めてきたら……。


「おい、聞いてるのか?」

「うん。楽しみだ」

「お前……なんでこんなやつを護衛にしたんだ? 王女様は」

「それは本人に聞いてほしいかな」


 本人はまだアイリアと楽しそうにしゃべっている。


「しっかし、ミストリア王女は変わってるな。王族なのにわざわざ学園に入るなんて」

「え、そうなの?」

「ああ、他のご兄弟は誰も入ってない。王族には入る価値ないからな」

「へぇ……」


 どうしてわざわざ無意味な学園に入学したのか。

 彼女にはまだ、俺に明かしていない秘密がありそうだ。


「っと、そろそろ時間だ! 忠告はしたからな!」

「うん、気を付けてね、兄さん」

「お前がな!」


 若干イライラしながら兄さんは走っていく。

 俺は兄さんに手を振り、改めて受け取った資料に目を向ける。


「脱獄囚……ギガスか」


 興味深い話を聞けた。

 兄さんには悪いけど、今からとても楽しみだ。

 願わくばぜひとも、俺の前に来てほしい。

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