伍
翌日。
案の定、というか予想通りの状況になる。
「おはようございます。リイン」
「……どうも。わざわざ寮の前で待ってたのか?」
「ええ、寮で暮らしていると聞いていたから、迎えにきたわ」
「……」
彼女はニコリと微笑む。
周りの目が痛い。
寮だから当然、他にも住んでいる人たちはいるわけで。
大抵が遠方から来ているしょぼい貴族か、一般試験に合格した平民。
王族とは最も縁遠い者たちが住まう場所、それが学生寮。
そんな場所の前で……王女が出待ちしてたらどう思うだろうか。
「明日からはあなたが迎えにきてね? 普通は逆なのよ? 今日だけ特別」
「……そうさせてもらうよ」
明日も注目されるのは嫌だからな。
俺は小さくため息をこぼす。
そのまま一緒に校舎へと入る。
当然のごとく注目された。
見せつけるように王女様は俺と腕を握っている。
揺れるイヤリングから、離れろという声が聞こえてきそうだ。
「リイン君! おはよう!」
「ああ、アイリア」
廊下を歩いているとアイリアが駆け寄ってくる。
彼女は今日も明るく元気だ。
「一緒の講義を――ぇ、えぇ! な、なんでリイ君とミストリア王女様が一緒に、う、腕を……!」
「ああ、これには面倒な事情があってな」
「面倒とは失礼ね。光栄なことよ? 私のエスコートができるなんて」
「はいはい。そうですね」
呆れる俺と笑みを浮かべる王女様。
この組み合わせを見ながら大きく口を開けているアイリアに、王女様がニコリと微笑み声をかける。
「おはようございます。アイリアさん」
「は、はい! おはようございます! ミストリア様!」
「そう固くならないで。ここでの私は一人の学生、立場はあなたと同じです」
「そうそう。テキトーでいいんだよ。こいつには特にな」
感情が見える彼女にいくらうわべを取り繕っても無駄だ。
友好的に接しても、裏側を覗かれて笑われる。
だったら自然体が一番。
というのは、王女様の術式を知っている俺だからできる解釈で、普通は恐れ多いだろう。
「ちょっ、リイン君! ミストリア様にそんな態度とったら」
「構いません。彼には私からお願いして、学園での護衛をしてもらっているんです」
「ご、護衛? リイン君が?」
「ああ、成り行きで」
さすがに本当のことは話せない。
キョトンとするアイリアに、王女様は続けて言う。
「だから学園では一緒にいることが多くなるわ。よかったら私とも、仲良くしてもらえると嬉しい」
「も、もちろんです! 私なんかでよかったら」
「嬉しいわ。女の子のお友達って初めてだから」
そう語る王女様は本当にうれしそうに見えた。
王女という立場故に、これまで苦労してきたのだろうか。
それとも……その身に刻まれた術式のせいか。
成り行きとはいえ、アイリアと出会えたのは彼女にとって幸運だと俺は思う。
アイリアは昔から素直で優しい女の子だ。
彼女なら、王女様も気苦労せず仲良くできるだろう。
◇◇◇
「そう。二人は幼馴染なのね」
「はい! 小さいころからよく一緒に遊んでいました!」
「……」
「へぇ、あら? どうかしたの?」
「いや、何も」
出会ってから数時間。
一緒に講義の合間の休憩時間を過ごす。
相性がよさそうだなとは思っていたけど、まさかこの短時間で打ち解けるとは……。
王女様の社交性と、アイリアのコミュ力。
どちらも恐ろしい才能だ。
「リイン君、入学する一年と少し前まで修行の旅に出ていたんですよ!」
「へぇ、凄いわねぇ。一体どこでどんな修行をしていたのかしら」
「それが聞いても教えてくれないんです」
「あらあら、言えない秘密があるのかしらね」
クスリと意味深に笑い、王女様は俺を見る。
彼女は術式で俺の過去を見ているから、どこで何をしていたのか知っている。
言えない理由も含めて。
思いっきり弱みを握られている気分だ。
さっさと来てくれ襲撃者。
問題さえ解決すれば、この面倒な護衛も解消される。
「酷い人ね」
王女様は俺の感情を読み取り、何を考えているか予測したようだ。
意地悪な顔をしている。
「別にいいだろ? ちゃんと守れば問題ない」
「そうね。期待しているわ。私の素敵なナイト様」
「それやめてくれ」
「あら、お気に召さなかった? だったら他の言葉を考えておくわね」
この人は……俺の反応を見て楽しんでるな。
いい性格をしているよ。
◇◇◇
イブロニア王国の北方。
海を越え、小さな島には特別な施設がある。
それは監獄。
大罪を犯した者たちを収監し、命尽きるまで幽閉するための牢獄がある。
収監されている罪人は、魔力の流れを阻害する特殊な腕輪を装備している。
いかに強力な術師でも、魔力が扱えなければただの人間。
厳重な警戒態勢をしかれ、周囲は海に囲まれている性質上、脱獄など困難だった。
現に監獄が完成してから四百年と余年。
一度も脱獄を許していない。
が、その歴史が覆る。
警備の兵士は倒され、牢獄に巨大な穴が空く。
「――出ろ」
「……なんだ? 俺を出してくれるのかよ」
「ああ、ただし無償ではない。自由になりたくば契約を結べ」
「契約だぁ? まるで悪魔みたいなことを言うんだな」
血に飢えた囚人が狂気の笑みを浮かべる。
彼を助けた男はローブを身にまとい、豪雨に晒され暗く視界が悪い。
「まっ、あんたが誰でもいいけどな! 俺を外に出してくれるんだったらなんでもしてやるよ!」
「そうか。ならばこいつを連れて来い」
「あん? 女か」
ローブの男は囚人に小さな紙を手渡す。
その紙には一人の少女の姿が映されていた。
黄金の髪と青い瞳が特徴的な。
「ミストリア・イブロン。イブロニア王国の王女だ」
「王女を誘拐しろってか? 殺しちゃダメなのかよ」
「殺さず連れて来い。多少痛めつける程度なら問題ない。私の下にある時、生きてさえいればいい」
「ははっ! つまり殺さなきゃ好きにしていいわけだ!」
男は歓喜する。
雨の中で両腕を広げて、天を仰ぎながら。
「つっても王族相手だ。丸腰じゃ、ちときついな」
「ならばこれを使え」
ローブの男がどこからともなく取り出したのは、身の丈を超えるグレートアックス。
罪人はそれを受け取る。
「こいつはいい。俺好みの武器だ」
「他に必要なものは?」
「こいつで十分だ!」
罪人はグレートアックスを肩に担ぐ。
「この汚ねぇ牢獄から出してくれた礼だ! このギガス様が、てめぇの頼みを聞いてやる!」
「そうか。なるべく早くしろ」
「おう。まぁみてろよ! ついでに俺をこんな場所に閉じ込めた国王も殺していいか?」
「……好きにしろ」
ギガスは不敵な笑みを浮かべる。
その罪状、複数の都市の破壊および、大量虐殺。
凶悪な罪人が今、野に放たれる。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
【あとがき】
第六章はこれにて完結となります!
次章をお楽しみに!
できれば評価も頂けると嬉しいです!!
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