翌日。

 案の定、というか予想通りの状況になる。


「おはようございます。リイン」

「……どうも。わざわざ寮の前で待ってたのか?」

「ええ、寮で暮らしていると聞いていたから、迎えにきたわ」

「……」


 彼女はニコリと微笑む。

 周りの目が痛い。

 寮だから当然、他にも住んでいる人たちはいるわけで。

 大抵が遠方から来ているしょぼい貴族か、一般試験に合格した平民。

 王族とは最も縁遠い者たちが住まう場所、それが学生寮。

 そんな場所の前で……王女が出待ちしてたらどう思うだろうか。


「明日からはあなたが迎えにきてね? 普通は逆なのよ? 今日だけ特別」

「……そうさせてもらうよ」


 明日も注目されるのは嫌だからな。

 俺は小さくため息をこぼす。

 そのまま一緒に校舎へと入る。

 当然のごとく注目された。

 見せつけるように王女様は俺と腕を握っている。

 揺れるイヤリングから、離れろという声が聞こえてきそうだ。


「リイン君! おはよう!」

「ああ、アイリア」


 廊下を歩いているとアイリアが駆け寄ってくる。

 彼女は今日も明るく元気だ。


「一緒の講義を――ぇ、えぇ! な、なんでリイ君とミストリア王女様が一緒に、う、腕を……!」

「ああ、これには面倒な事情があってな」

「面倒とは失礼ね。光栄なことよ? 私のエスコートができるなんて」

「はいはい。そうですね」


 呆れる俺と笑みを浮かべる王女様。

 この組み合わせを見ながら大きく口を開けているアイリアに、王女様がニコリと微笑み声をかける。


「おはようございます。アイリアさん」

「は、はい! おはようございます! ミストリア様!」

「そう固くならないで。ここでの私は一人の学生、立場はあなたと同じです」

「そうそう。テキトーでいいんだよ。こいつには特にな」


 感情が見える彼女にいくらうわべを取り繕っても無駄だ。

 友好的に接しても、裏側を覗かれて笑われる。

 だったら自然体が一番。

 というのは、王女様の術式を知っている俺だからできる解釈で、普通は恐れ多いだろう。


「ちょっ、リイン君! ミストリア様にそんな態度とったら」

「構いません。彼には私からお願いして、学園での護衛をしてもらっているんです」

「ご、護衛? リイン君が?」

「ああ、成り行きで」


 さすがに本当のことは話せない。

 キョトンとするアイリアに、王女様は続けて言う。


「だから学園では一緒にいることが多くなるわ。よかったら私とも、仲良くしてもらえると嬉しい」

「も、もちろんです! 私なんかでよかったら」

「嬉しいわ。女の子のお友達って初めてだから」


 そう語る王女様は本当にうれしそうに見えた。

 王女という立場故に、これまで苦労してきたのだろうか。

 それとも……その身に刻まれた術式のせいか。

 成り行きとはいえ、アイリアと出会えたのは彼女にとって幸運だと俺は思う。

 アイリアは昔から素直で優しい女の子だ。

 彼女なら、王女様も気苦労せず仲良くできるだろう。

 

  ◇◇◇


「そう。二人は幼馴染なのね」

「はい! 小さいころからよく一緒に遊んでいました!」

「……」

「へぇ、あら? どうかしたの?」

「いや、何も」


 出会ってから数時間。

 一緒に講義の合間の休憩時間を過ごす。

 相性がよさそうだなとは思っていたけど、まさかこの短時間で打ち解けるとは……。

 王女様の社交性と、アイリアのコミュ力。

 どちらも恐ろしい才能だ。


「リイン君、入学する一年と少し前まで修行の旅に出ていたんですよ!」

「へぇ、凄いわねぇ。一体どこでどんな修行をしていたのかしら」

「それが聞いても教えてくれないんです」

「あらあら、言えない秘密があるのかしらね」


 クスリと意味深に笑い、王女様は俺を見る。

 彼女は術式で俺の過去を見ているから、どこで何をしていたのか知っている。

 言えない理由も含めて。

 思いっきり弱みを握られている気分だ。

 さっさと来てくれ襲撃者。

 問題さえ解決すれば、この面倒な護衛も解消される。


「酷い人ね」


 王女様は俺の感情を読み取り、何を考えているか予測したようだ。

 意地悪な顔をしている。


「別にいいだろ? ちゃんと守れば問題ない」

「そうね。期待しているわ。私の素敵なナイト様」

「それやめてくれ」

「あら、お気に召さなかった? だったら他の言葉を考えておくわね」


 この人は……俺の反応を見て楽しんでるな。

 いい性格をしているよ。


  ◇◇◇


 イブロニア王国の北方。

 海を越え、小さな島には特別な施設がある。

 それは監獄。

 大罪を犯した者たちを収監し、命尽きるまで幽閉するための牢獄がある。

 収監されている罪人は、魔力の流れを阻害する特殊な腕輪を装備している。

 いかに強力な術師でも、魔力が扱えなければただの人間。

 厳重な警戒態勢をしかれ、周囲は海に囲まれている性質上、脱獄など困難だった。

 現に監獄が完成してから四百年と余年。

 一度も脱獄を許していない。


 が、その歴史が覆る。


 警備の兵士は倒され、牢獄に巨大な穴が空く。


「――出ろ」

「……なんだ? 俺を出してくれるのかよ」

「ああ、ただし無償ではない。自由になりたくば契約を結べ」

「契約だぁ? まるで悪魔みたいなことを言うんだな」


 血に飢えた囚人が狂気の笑みを浮かべる。

 彼を助けた男はローブを身にまとい、豪雨に晒され暗く視界が悪い。

 

「まっ、あんたが誰でもいいけどな! 俺を外に出してくれるんだったらなんでもしてやるよ!」

「そうか。ならばこいつを連れて来い」

「あん? 女か」


 ローブの男は囚人に小さな紙を手渡す。

 その紙には一人の少女の姿が映されていた。

 黄金の髪と青い瞳が特徴的な。


「ミストリア・イブロン。イブロニア王国の王女だ」

「王女を誘拐しろってか? 殺しちゃダメなのかよ」

「殺さず連れて来い。多少痛めつける程度なら問題ない。私の下にある時、生きてさえいればいい」

「ははっ! つまり殺さなきゃ好きにしていいわけだ!」


 男は歓喜する。

 雨の中で両腕を広げて、天を仰ぎながら。


「つっても王族相手だ。丸腰じゃ、ちときついな」

「ならばこれを使え」


 ローブの男がどこからともなく取り出したのは、身の丈を超えるグレートアックス。

 罪人はそれを受け取る。 


「こいつはいい。俺好みの武器だ」

「他に必要なものは?」

「こいつで十分だ!」


 罪人はグレートアックスを肩に担ぐ。


「この汚ねぇ牢獄から出してくれた礼だ! このギガス様が、てめぇの頼みを聞いてやる!」

「そうか。なるべく早くしろ」

「おう。まぁみてろよ! ついでに俺をこんな場所に閉じ込めた国王も殺していいか?」

「……好きにしろ」


 ギガスは不敵な笑みを浮かべる。

 その罪状、複数の都市の破壊および、大量虐殺。


 凶悪な罪人が今、野に放たれる。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【あとがき】


第六章はこれにて完結となります!

次章をお楽しみに!


できれば評価も頂けると嬉しいです!!

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