兄さんとの話を終えた俺は、二人の下に合流する。

 王女様と視線が合う。


「もういいのかしら?」

「ん、なんだ気づいてたのか」

「もちろん。兄弟のお話に割り込むなんて無粋なことはしないわ」

「気を利かせてくれてどうも」

「リイン君急がないと! 最初の授業が始まっちゃう!」


 二人とも、俺と兄さんが話していることに気付いて待っていてくれたのか。

 アイリアが急かすように少し前を歩く。

 俺とお嬢様はそれに続く。


「何の話をしていたの?」

「ただの世間話だよ」

「そう」


 チラッと、王女様の視線が俺の左手に丸められた資料に行く。

 今の発言に誤りがあることは、王女様にはバレバレだ。

 兄さんが知っていることだし、おそらく王族である彼女も知っている事情だろう。

 話してもよかったが、すぐ前にはアイリアもいる。

 ここじゃできない。 


「二人の時に話すよ」

「そう。だったらこうしましょう?」

「は? あ、ちょっ――」


 唐突に腕を引っ張られ、アイリアとは違う方向に歩き出す王女様。

 それにつれられ道を外れる。

 アイリアは一人、気づかず先に行ってしまう。


  ◇◇◇


 駆け足で教室の前にアイリアは到着する。


「よかった。間に合ったね二人……あれ?」


 今さら振り返り、二人が一緒にいないことに気付く。

 不安げにキョロキョロ見渡すがどこにもいない。

 探しに行こうとしたところへ、担当教員が通りかかる。


「どうした? もう講義を始めるぞ」

「は、はい!」

 

 アイリアは流されるように教室へと入る。

 一人で席に着き、不安そうな顔で呟く。


「二人ともどこ行っちゃったのかな……」


 一方その二人は、裏庭にある秘密の場所にいた。


  ◇◇◇


「内緒の話をするならここよね」

「……あとでアイリアに謝らないとな」

「私から謝るわ。連れ出したのは私だもの」

「言い訳は考えてくれよ」


 変な誤解をされても困るからな。

 俺たちは椅子に腰を下ろす。


「それで、お兄さんと何を話していたの?」

「これだよ」


 見せたほうが速い。

 俺は兄さんから渡された情報の写しをテーブルに広げる。

 彼女は僅かにピクリと眉を動かす。


「脱獄の話ね。十傑だけに伝えられた極秘事項よ、これ」

「文句は俺じゃなくて兄さんに言ってくれ」

「困った兄弟ね。でもちょうどよかったわ。その話をしたいと思っていたのよ。詳しく載っていない部分を教えてあげるわ」


 そう言って彼女は説明を始める。

 資料にない情報の補足。

 どうやら脱獄は外部の何者かが実行したらしい。

 監獄に空いていた大穴は外から開けられていたとか。

 誰がどうやって侵入し、囚人たちを逃がしたのかは不明。

 監獄で働いていた者たちは、全員亡くなられたそうだ。


「その囚人たちが各地で一斉に暴れている。騎士団も魔術師団もその対処で追われているわ。人手が足りなくて学生にも話が回るほどにね」

「十傑のことか。全員が出払って、今攻め込まれたら大惨事だな」

「ええ、そうね。偶然とは思っていないわ」


 王女様は真剣な表情を見せる。

 何者かが意図的に囚人を解放し、彼らに指示を出している。

 逃げ出した囚人たちが暴れ出したのも、王都の警備を薄くするためだと王女様は予測していた。

 そして重要なのは、もっとも危険度の高い囚人、ギガスの姿がないこと。


「ギガスはここにくるんだろ?」

「あら? どうして?」

「なんとなくだ。これが全て仕組まれたことなら、手薄になった王都にギガスを投入する。そして狙いは……」 


 目の前にいる彼女。

 王女様は認めるように目を瞑る。


「そこまでして狙う理由は、やっぱり術式か」

「でしょうね。どこで知られたのかわからないけど、相手は私の術式を知っているわ」

「大変だな、王女も」

「ええ……大変よ。本当に」


 彼女はため息をこぼす。

 弱気な様子を見せるなんて珍しい。

 ふと、兄さんとの会話が過る。


「……聞いてもいいか?」

「なにかしら?」

「兄さんが言ってた。王族は普通、学園には入学しないんだろ? なんであんたは入ったんだ?」

「……私にはメリットがあったからよ」


 俺たち貴族が学園に入る理由。

 それは、世界最高の学園を卒業したというステータスのため。

 魔術を含む学問は、貴族なら他の手段で学ぶことはできる。

 それでも学園に入るのは、そうすることが将来に繋がるから。

 だけど王族には関係ない。

 なぜなら王族は、その地位にいる時点で不動の特別だからだ。


「私はこの力を持って生まれた。知っているは肉親だけ。お父様が知られないように隠したのよ。知られたらどうなるか、考えなくてもわかるわ」

「利用されるだろうな」


 他人の感情を読み取り、触れるだけで過去すら見える。

 そんな便利な力、放っておくはずがない。

 争いはもちろん、政治にも有効な力だ。


「いい判断だと思うぞ」

「そうね……けど、優しさじゃないの。私の力を隠したのは、あの人たちが独占したいからよ」


 彼女は冷たく言い放つ。

 ハッキリと。

 あの人たちとは、自身の父や兄たちのことだろう。


「お父様は私を政治の道具にしようとしている。お兄様たちも同じだわ。自分が次の王になるために……私を取り込もうとしているの」

「王位の争いか」

「ええ。私に自由はなかった。でもこの学園の中では、あらゆる地位は関係ない。ここが唯一、私が自由になれる場所なの」


 学園という場所だけが、彼女をしがらみから解放する。

 まるで俺とは逆だ。

 この学園を窮屈に思う俺にとって、彼女の感覚はわからない。

 ただただ、彼女を哀れに思う。


「それだけじゃないわ。私はここで見つけるの」


 王女様は決意を固めるようにぎゅっと手を握る。


「私の――」


 直後、轟音が鳴り響く。

 さらに奇怪なサイレンのような音も。

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